2018年 1月 の投稿一覧

戦争と音楽

今回は「戦争と音楽」という重いテーマ。

戦争にちなんだ音楽はたくさんありますが、そういう話ではなく戦争によって禁止されたり利用されたりした音楽の話をしていきます。

誰もが平和な世界は願っているとは思いますが現実の世界では資源の取り合いや宗教的な土地の奪い合いなど様々な理由で戦争が絶えません。

日本でも戦時中は欧米の音楽は敵性音楽として厳しく取締を受けました。
これは日本に限ったことではなく他の国でも同様の施策をとっていたようです。
アメリカは日本と開戦した後に日本・ドイツ・イタリアという日独伊三国同盟の加盟国の言葉を禁止しています。

戦時中は外国の音楽がすべて禁止されていたように思われますが同盟国のドイツの音楽は大丈夫だったそうです。
なのでクラシックもチャイコフスキーやベートーヴェンなどは演奏できたようです。ただ終戦に近づくと贅沢自体が敵という考え方になってきたので演奏会なども段々なくなっていったそうです。

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あまり知られていない話として戦時中の絶対音感の訓練があります。

戦争と絶対音感はちょっと考えたくらいでは結びつきません。クイズにしても知らない人は当てられないでしょう。

日本で絶対音感教育は1930年代からはじまります。

最初はヨーロッパに留学したピアニスト園田清秀が早期の音感教育の必要性を感じ始めたのがきっかけです。そのころ日本人には絶対音がないと考えられてました。そこで自身のピアノ教室ではじめ、1937年には「絶対音感及和音感教育法」という教科書的な本が出版されました。

1941年に日本は太平洋戦争に突入します。その際にこの絶対音感:音感教育を軍事利用できないかを検討され始めます。
1943年ごろから来襲機の種類を爆音で判別する訓練が開始されます。どのように訓練をしていたかというと「爆音集」という敵機の爆音だけをあつめたレコードをかけ、「ボーイングB17D重爆機」「カーチスP40戦機」など様々な飛行機を高度別で1千メートル、三千メートル、五千メートルなど分けて判別できるかを訓練していたようです。

また飛行機だけでなく、潜水艦の内部で聞こえる音が魚雷の音か敵船の音かを判断し、しかもその距離と方向を判別することもしたそうです。ただどちらも特に戦果を上げることなく終戦を迎えたそうです。実戦で使おうとしても状況によって判断が難しくなり、担当していた講師たちもだんだんと実戦に使えうるものではないと考えていたようです。あの時代ですから使えないとわかっても言い出せなかったのかもしれませんね。

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戦時中は楽器の呼び名も変わります。楽器は大抵日本語ではありませんからね。
「サックス」=「金属性先曲がり音響出し機」
「トロンボーン」=「抜き差し曲がり金真鍮喇叭」
「ヴァイオリン」=「提琴」
「コントラバス」=「妖怪的四弦」
「ピアノ」=「洋琴」
「ホルン」=「角笛」
「ティンパニ」=「半円鍋型ぎゅう縛り高低自在太鼓」
「トライアングル」=「三角鉄」
「タンバリン」=「鈴鼓」
「シロフォン」=「木琴」
「グロッケン」=「鉄琴」
「ハープ」=「竪琴」
「ハーモニカ」=「口風琴」
「オルゴール」=「自鳴琴」
「チャイム」=「鐘琴」
「オカリナ」=「鳩琴」
「エレクトーン」=「電子琴」
「ギター」=「六絃琴」

どうですか?

かなり強引というか、もう呼ぶつもりないでしょ?といった呼び方まで並びます。

ただこれらは本当に使われていたかは不明だそうです。

なにわともあれ今の時代は好きに音楽が聴けます。幸せなことですね。

ウクレレの歴史

ukulele

今回は前回のハワイアン・ミュージックの流れでウクレレについて書いていきます。

前回書いたように理由は不明ですがウクレレを習おうという生徒さんがここ数年でとても増えています。
体感的には5年前と去年とを比べるとおよそ2~3倍問い合わせが増えているように感じます。

ウクレレは楽器の伴奏楽器の中では比較的はじめやすい楽器です。よくギターと比べることが多いですが、ウクレレはギターが弦が6本に対し、弦が4本ですしナイロン弦という柔らかな弦でしかもテンションも弱めなので子供でも押さえられます。

また手が小さい方でも問題なく扱えるので手の大きさでギターを諦めた女性の方が始めることもよくあります。(ギターも手が小さくても出来るので本当はそれほど関係はないのですが・・・・

ウクレレの祖先が(諸説ありますが・・・)ブラギーニャというポルトガルの楽器を原住民が改良したものという話は前回しましたが19世紀ごろハワイではサトウキビを使った製糖業が有名で、人手不足から外国から移民を募集していたそうです。

そのためポルトガルから400名ほどの移民がハワイに来たそうです。なおポルトガルの移民が到着した8月23日をハワイでは「ウクレレ記念日」にしているそうです。

ウクレレがハワイで流行った理由としてはその携帯性にあると言えます。19世紀のハワイはもともとのハワイの歌や踊りが西洋から来た文化に飲み込まれ形をかえている最中、キリスト教の影響で当然ピアノやオルガンの伴奏が主になっていました。

しかもハワイという海に囲まれた状況から察するに西洋音楽の教育もそれほどされたとも思えず、ピアノやオルガンもごく一部の人しかできなかったと思われます。

ピアノやオルガンは当然ですが外には持ち出せません。そのため携帯性の優れているウクレレのニーズが高まったのだと思われます。確かにあんまりハワイで家の中で音楽を楽しむってイメージはなく、屋外でみんなで楽しむというイメージの方が強いです。

ウクレレの語源はウク(蚤)、とレレ(飛び跳ねる)が合わさったものです。なぜそのように呼ばれるようになったのかは諸説ありますが、たしかに蚤が飛び跳ねている様子を思い浮かべるとなるほどという感じですね。

ハワイの音楽が日本に来たのは昭和のはじめごろ、ホノルル生まれの日系2世のバッキー白片が来日し、日本の女性と結婚、帰化しハワイアンの普及をはじめました。戦時中は敵性語になり、敵国の音楽ということで肩身の狭い思いをしたようですが、戦後は石原裕次郎など様々な著名なミュージシャンに曲を提供ていました。

1910年ごろに日本で最初のハワイアンブームが来ています。ウクレレもこの時も活躍したようですが本格的に有名になったのはその50年後、戦後ハワイアンブームが再度やってきます。戦後3年ほどたった1948年、「憧れのハワイ航路」という映画が発表され、1950年に上映されます。実はそのころはハワイに憧れてたというよりも世界情勢的にハワイが一番選択しやすかったからと言えます。中国は内戦中でしたし、朝鮮半島も領土問題、グアムやサイパンなどは米軍基地の建設で結局ハワイが一番行きやすかったみたいです。

1960年代にはハーブオオタが米軍兵士として米軍基地に赴任した際にウクレレソロの演奏会が行われたり、加山雄三や牧伸二などがウクレレなどを映画やステージで取り入れたことでウクレレの知名度は飛躍的に向上し、日本でも知らない人はいないと言っていいほどの楽器になりました。

ここ最近はウクレレソロが脚光を浴びるようになって生徒さんも弾き語りが一段落すると、ウクレレソロを弾くようになります。ウクレレソロの曲集も最近は充実していて、2人で弾く曲集やジブリの曲集、映画音楽などさまざまな曲がウクレレで弾けるようになっています。是非これをみてウクレレに興味を持たれた方、比較的手に入れやすい楽器です。

一番スタンダードなフェイマスというメーカーのウクレレでも1万円台ですし、安いのですと5千円前後で手に入ります。日本の個人制作家が作ったウクレレもギターは30万円くらい出さないと買えませんが、ウクレレは4万円前後で作っている方もいるそうです。一度楽器屋に行った際には見てみると良いと思います。

ハワイの音楽

ハワイアン・ミュージック

ここ1~2年ウクレレの生徒さんが急に増えてきました。

10年ほど前にもハワイアンブームがあってその時は「亜麻色の髪の乙女」の曲が流行るなど理由がはっきりしていたのですがここ1~2年のウクレレブームは理由はわかりません。

確かに数年前からハワイアン系のパンケーキ屋が出来たり、去年はディズニー映画で「モアナと伝説の海」というハワイをテーマにした映画が公開されたりしましたのでハワイアンが脚光を浴びていたとは言えると思いますが、ウクレレの生徒さんが増えだしたのは映画公開前ですし、ウクレレの生徒さんにウクレレを習おうと思ったきっかけを聞いても特にそれらしい答えはもらえませんでいた。

個人的には若干景気が良くなってきたので何か習ってみようという生徒さんが増えたのではないかと思ってます。

ハワイアンときくとまず思い浮かぶのはフラ(フラダンス)ではないでしょうか。また、ウクレレやスチールギター、スラックギターも有名です。

日本もそうですが、ハワイの音楽も19世紀の前と後では随分様相がかわります。

日本の場合は文明開化、富国強兵が西洋の文化を取り込む役割を果たし、その結果それまで合った文化が廃れかわりに西洋の文化がもてはやされるようになります。西洋音楽がそれまでの日本古来からの音楽に取って代わったのもその頃ですが、ハワイの場合も時を同じくして島の外から他の国の文化が持ち込まれました。

大抵の場合、文化の流入の最初の段階で入ってくるものは宗教です。ハワイにもキリスト教(プロテスタント)が入ってきて先住ハワイ民族(ポリネシア人)の生活を一変させます。

もともとポリネシア人は東南アジアから徐々に南下して紀元前1000年あたりにポリネシア域内に定住するようになり、緩やかな進歩を遂げてきた人たちだったのですがやはり日本と同じく西洋の文化は魅力的に感じたのかもしれません。

それまで歌と踊りで儀式をおこなってきたのですが、それに寄って旧来のフラは消滅し代わりに現在みなさんが知っている新しいフラ(モダン・フラ)に形をかえることになったようです。

そのころメキシコからギターが持ち込まれ、それがスティール・ギターやスラックキー・ギターになりました。またウクレレはポルトガルから持ち込まれたブラギーニャという楽器を原住民が改良を加えた結果生まれました。ちなみにこのポルトガルの楽器「ブラギーニャ」はブラジルでカバキーニョという楽器としてボサノバやサンバなどで聴くことが出来ます。

こちらがブラギーニャ。よく似てますね。

スティール・ギターはギターを膝の上に指板が上を向くように持ち、スライドバーという金属や陶器、プラスチックで作られたバーで弦を押さえて弾くと本来ギターはフレットがあり音階が決まっているのだが、このスライドバーで弾くことで無段階で音の高さを変化させること出来、本来とは違うサウンドを出すことが出来ます。初期が空き瓶の口の部分を切り落として作っていたのでボルトネックとも呼ばれます(現在でもよく見ます)。

スラックギターはギターの弦をオープンチューニングにして、サムピックという親指に指輪のように取り付けるタイプのピックを使用して演奏する形式の総称なようです。最初は現地の人がギターを自己流で見よう見まねではじめたことにより生み出されたようですが現在は市民権を得ています。

もともとギターは教本も何もないところから始めるのはかなり困難です。オープンチューニングとは何も押さえない状態で弦を弾いても何らかのコードが奏でられるように調整したチューニング法です。確かにそのほうが比較的演奏が容易になるので誰かが発見して他の人に伝わっていったのだと考えられます。

ハワイは国土も小さく、人口もそれほど多くありませんが島の外から来た文化を本当に上手く消化しているなぁと関心しますね。

ウクレレは本体の値段もお手頃ですし、弾き語りなども比較的容易にできるのでおすすめです。最近は5000円前後のものでも随分チューニングがしっかりしてきたのでランチを数回節約すれば買えるくらいの金額でそれなりに使用に耐えうるウクレレが手に入ります。

次回はこのウクレレについて書いていきたいと思います。

カバーのすゝめ②

カバー

今回は「カバーのすゝめ②」

前回はカバーとは何か、コピーとどう違うのかなど書いていきました。今回はその続きです。

実際にカバーをするにあたってそのような手法、流れでカバー化を進めていけば良いのかを書いていきます。

アイキャッチ画像がふざけててすみません・・・・笑
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【選曲】

まずは「選曲」です。
ここで半分以上の労力を消費しても良いと言えると思います。

選曲する際に注意をするのは「好きな曲だから」という安易な判断で選曲してはいけないということです。
もちろん好きな曲であることは大切なことです。でも「好きな曲」は「あこがれ」と一緒です。

「好きな曲」=「自分にあった曲」というわけではありません。

選曲をする際に考えるべきは
①どうしてそれを歌おうと思うのか
②誰に聞いてもらうのか
③どうやって演奏するのか

です。
カバーとは「表現」と言ってもいいと思います。
他人の曲を使っての自己表現です。
①ではそれを選ぶ理由を考えてみます。
大事なのは理由の中身ではなく、自分がなぜその曲を選曲するに至ったのかを知ることがカバーに取り組むにあたって大事だからです。
②を考えることで自己満足ではなく、客観的に選曲を推敲することができます。
意外に人前で演奏するシュミレーションをしてみると、選んだ曲がそれほど魅力的に思えなくなるケースもあると思います。
③は現実できな問題です。
例えばその曲が難解で自分の技術力では消化出来ないのだとすれば表現以前の問題です。
また、その曲の音域が自分に合っていなければそれも断念せざる得ません。

例えばマライヤ・キャリーの曲を選んで①と②を満たしていても、実際に歌えなければ選曲には入れられません。また歌はOKでも伴奏が難しければそれも断念する理由になります。

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【表現】

選曲が決まると次にすべきなのは選んだ曲を理解することです。
歌詞もきちんと丁寧に見ていきます。

ただ歌詞に関しては見る人によって解釈が変わる場合もあります。その場合は自分の解釈でOKです。
他人の曲を使った自己表現なのですから大いに考えると良いと思います。

ただし歪曲しないようにだけ注意しましょう。大事なのは作曲者に対するリスペクトです。
それがなければ作曲者を悲しませる内容になる可能性がとても高いので気をつけて下さい。

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【アレンジ】

次に具体的にどう表現をしていくかという部分に切り込みます。

一番わかり易いのはコードアレンジ、リズムアレンジ、構成のアレンジでしょうか。

例えば

元の曲は暗いけど、自分はもう少し前向きにしたいから、明るく表現したい。
コードもマイナーコードを少し減らしてメジャーコードの割合を高くする。
リズムもバラードだけどもう少しアップテンポにする。

といった自分の解釈に基づき、元の曲を改良していきます。

やりすぎると原曲の良さをなくしてしまうことがありますし、変化がないと原曲に負けてしまいます。
別に勝ち負けではありませんが100人聞いて100人が原曲が良いと言うカバーを作っても存在意義がないのでカバーをするのであれば、ある程度の変化は必要かと思います。

特にコードアレンジは作曲者の意図などを考えつつ変えるのか残すのかの選択をしていかなくてはいけないので慎重かつ大胆に取り組んで下さい。

リズムアレンジは「速い」「遅い」だけでなく、「ノリ(グルーヴ)」や「抑揚」、「ジャンル」も関係してきます。

構成などもその曲の象徴的なイントロがあるのであればそれは残すべきです。ただ、転調などに関しては一考の価値ありです。無理に転調する必要はありませんが、転調しないと成立しないのであれば転調させるしかありません。

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以上のような流れで曲のカバー化を進めていくと良いかと思います。
形式ばって書いたのでこの流れを読むだけだと非常に窮屈なイメージを受けるかもしれません。

基本としては先程から書いているように
「他人の曲をじぶんらしく演奏する」という部分に本質がありますので肩の力を抜いて取り組んでもらうと良いと思います。

カバーのすゝめ①

カバー曲

先日生徒さんが秦基博の「RAIN」という曲を練習していると言う話を聞いて曲を聞いてみました。とてもいい曲だったので誰が作ってるんだろう?と思ったら大江千里なんですね・・・

大江千里といえばもう20年ほど前に活躍してた超ポップなアーティストで、その後ジャズを勉強しにアメリカへ言ったような話は耳にしてましたが正直あまり好きなアーティストではありませんでした。今考えると曲ではなく歌い方が好みと合わなかったのでしょう。

調べてみると1998年の楽曲とのこと、逆にこれだけの年月たっても色あせない曲を書いていたという事実に驚きました。

ここ十年ほどでカバーをするアーティストが良く見受けられるようになっています。この「RAIN」も「言の葉の庭」というアニメのエンディングで使用されています。

今回はカバーに関して書いていきます。できれば誰でも挑戦できるので是非カバーをしてもらえたらと思います。
特に人前で披露するときには良いカバーができると喜んでもらえるかと思います。

カバーをする時に一番気をつけるのは「コピーにならない」ことです。

例えばカラオケで歌うのはカバーというには少し無理があります。
仮に安室奈美恵や宇多田ヒカルがカラオケで他の人の曲を歌ってもカバーとは言えません。

モノマネはもちろんコピーですが、歌だけ差し替えてもオリジナリティがあるとはいえません。

では伴奏を差し替えれば全部カバーと言えるかというとそういうわけでもないんです。

まずはカバーの定義ということを考えてみましょう。

Wikipediaによると
「ポピュラー音楽の分野で、他人が発表した曲を演奏・歌唱して発表すること」

と書かれています。

こう書くと
「A」というアーティストの曲を別の人が歌えば全部「カバー」だということになります。確かに広義としてはそれでも良いのかもしれません。ただ一般論として定義づけるならば
「ポピュラー音楽の分野で、他人が発表した曲を”自分らしく”演奏・歌唱して発表すること」
だと言えるでしょう。

要はモノマネではないということです。
例えば安室奈美恵が好きなアーティストが安室奈美恵になりきって演奏・歌唱しているのであればそれはカバーではなくコピーとなります。例えば弾き語りでミスチルの曲を路上で弾いている人がいるとします。

その人が自分のアレンジとして表現できているのであればカバーと言えると思いますが、目の前の譜面台にミスチルの譜面を置いてコードを見ながら歌っているのであればそれはコピーの色合いが果てしなく濃くなると言えるでしょう。

個人的な意見としてはカバーをするからには本人とは別の角度からの表現を期待してしまいます。
「本人の歌は好きじゃないけど別の人がカバーしたバージョンは好きだ」
というケースは大成功なケースです。

今回の秦基博の「RAIN」なんかは特にそうで、僕が身をもって体感しています。
どうしても料理と同じく、歌の好みは歌手で決まる部分もあります。
せっかく曲が良いのにその曲の良さがある一定の層に上手く伝わっておらず、別の歌手が歌うことでその部分を「カバー」できるのでれば作曲者としても喜ぶべきだとも思います。
※個人的には「曲はいいけど歌がなぁ・・」と言われている側面もあるのであまり喜べませんが・・・・

では次にカバーをするときにはどういう手法でカバーを進めていけばいいでしょうか?

続きは次回「カバーのすゝめ②」で書いていきたいと思います。