速弾きが速くなる方法:聴覚的なスピード

JazzⅢ

前回は自分のスピードを知るというチェックをしていきました。

今回はもう一つのチェック、「聴覚的なスピード」を見ていきたいと思います。

※前回、前々回、さらにその前々々回からの続きになりますので続けて読まないと流れがわからなくなる可能性があります。前々々回からお読み下さい。


前回
自分のスピードとは2点
・物理的なスピード
・聴覚的なスピード
があります。

と書いたと思います。

聴覚的なスピードとは何でしょうか?

前回までの右手と左手の速さの確認は物理的にどれだけ速く弾ける身体能力を持っているかの確認です。

弾くとわかりますが、あるスピードを超えると意識しないとついていけないテンポのラインがあることに気づいたはずです。
意識しないとついていけないスピードとはそもそも無理しないとついていけないということになりますので自分のスピードではないと言うことになります。

なので
・弾けるテンポ=物理的に弾けるテンポ
・意識せずに弾けるテンポ=聴覚的に対応できるテンポ
という事になります。

あなたが弾けるテンポスピードは
・意識せずに弾けるテンポ=聴覚的に対応できるテンポ
の事を指します。

実際に弾けるテンポよりもおそらく10~20ほど遅くなるかと思います。


以上の確認が終わったら実際の曲を弾いてみると良いと思います。

何も確認せずに弾くのと自分のスピードを知ってから弾くのとはかなり意識が違うはずです。
練習の過程で基本的には「意識せずに弾けるテンポ」は越えてはいけないということを気をつけて下さい。

「意識せずに弾けるテンポ」は越えて練習をしても雑なピッキングになるので逆効果になる可能性が高いです。

前回の最初に話しましたが、必ずメトロノームを使ってゆっくりとしたテンポからはじめて下さい。
テンポの進め方は右手や左手の確認時と同じで10づつ確認しながらスピードを速くしていきましょう。
危なくなってきたら5づつにしてもいいと思います。


これで速弾きを練習する土壌は整いました。

速弾きを練習していると当然どこかでスピードについていくことが出来なくなります。
本当の練習はそこからです。

実際に練習を始めると今までそういった練習をしてきたことがないと10~20くらいはすぐに速くなりますがあるテンポからどれだけ練習しても速くならなくなってきます。

そんな時はピッキングを見直しましょう。

ピックの持ち方、ピックの当てる角度、手首の使い方、右手の配置、初期の問題点はほとんどがそこにあります。

まずは弾いている時に均一のピッキングが出来るように訓練しなくては行けません。
そのために弦を弾いた時の振動が常に一緒になるようにします。特にダウンとアップの振動差があるときはピックの角度を見直すべきです。
ダウンは流して、アップが逆らっていないでしょうか?そういう時は角度を見直すことで振動差を一定にすることができます。
振動差があるときはダウンとアップの抵抗値が違うことになるので弾いているうちにだんだんとずれてくる原因になります。

またピックをいろいろ弾き比べてみるのもおすすめです。これはあくまで僕が感じた傾向ですが速弾きが得意な人は「JIM DUNLOP ( ジムダンロップ ) のJAZZⅢ」というタイプの赤や黒のピックを使っている人が多いです。おそらく弦をつかみやすいのだとおもいます。僕はJIM DUNLOP ( ジムダンロップ ) のULTEX JAZZⅢというタイプのを使ってます。

ピックで弾きやすさは多少変わります。テンポにすると5~10は変わるかもしれません。

なかなか速くならない時は極端に遅いスピードでゆっくりと自分のピッキングを確認し、自分がどのような角度でピックの先の先で弦をアタック出来ているか、またアップとダウンの振動差がないか、を見ていきます。

実はほとんどの初心者~中級者の方は考えないのが「弦の太さ」です。
1弦をピッキングするのと6弦をピッキングするのとでは弦の直径が違うので気をつける必要があります。
弦を飛び越えるフレーズの場合はこの「弦の太さ」が原因で上手くピックングができないことがあります。

そのため6弦から5弦、4弦・・・と弾いてみて実際にどのように弾きやすさが変化するかを確認して見ることをお勧めします。

次回は速弾きが速くなる方法の最終回となります。

速弾きが速くなる方法:自分のスピードを知ろう

速弾きギタリスト

今回は「速弾きが速くなる方法:自分のスピードを知ろう」

前回はゆっくりと練習することの大切さを書いていきました。

自分のスピードとは2点
・物理的なスピード
・聴覚的なスピード
ということで今回は自分のスピードを知る方法を書いていきます。

※前回らの続きとなりますのでこの回から読み出すと話が繋がらなくなりますので前々回からお読み下さい。


最初に「右手」から始めます。任意の音を押さえて(例:3弦の5フレット上のド)メトロノームを鳴らします。

みなさんがどのくらいのレベルかわからないのでまずは4分(音符)から始めましょう。

メトロノームを80で鳴らして「ピッ」となるたびに1回弾きます。
おそらくここから始めれば余程大丈夫かと思います。30秒くらいずれずに弾けたらメトロノームを10あげます。
この調子で80から120まであげていきます。もし120になるまでのどこかで遅れ始めたら遅れ始める前のテンポがあなたの右手の最大スピードです。

次に120まで行けた方は半分の60にして今度は8分で弾いていきます。8分なので1回「ピッ」となるたびに表と裏で2回弾くことになります。

——————
ピッ   ピッ   ピッ   ピッ
↓  ↑ ↓  ↑ ↓  ↑ ↓  ↑
——————

といった具合です。

これでまた60から120まで10単位であげていきます。
危うくなったら5単位でもいいです。
120まで行った方は中級者レベルです。
今度はまた60にテンポを落として今度は16分で弾いていきます。
——————
ピッ        ピッ
↓  ↑ ↓  ↑ ↓  ↑ ↓  ↑
——————
といった具合で「ピッ」と1回なるたびに4回弾いていきます。

そしてまた60からあげていきます。今度は120までではなくどこまでもあげていって大丈夫です。
150くらいで弾けるなら中級者~上級者の間くらいですし170以上で弾けるなら上級者と言えるでしょう。

弾けなくなったら一歩前のテンポが右手の最大スピードです。
「弾けなくなる」とは少しでも音が詰まったり、遅れたり、速くなったりする状態のことを言います。

これで右手のスピードは判明したはずです。

右手のスピードがあなたが弾ける最高のスピードです。どれだけ左手が動くとしてもこれ以上のスピードでは今は弾けません。
逆に現在速弾きに取り組んでいて測ったスピードよりも速いスピードで弾いているのであれば実際は今まで弾けていないのに弾いていたということになります。

—————————
次は左手も足していきます。

今度は
クロマチックアプローチ
——————–1234321——————-
—————-1234——-4321—————-
————1234—————4321————
——–1234———————–4321——–
—-1234——————————-4321—-
1234—————————————4321

と弾いて下さい。
必ずオルタネイトピックング(交互)で左手は
1・・・人差し指
2・・・中指
3・・・薬指
4・・・小指
の順です。

これで右手のときと一緒でテンポ60の4分からはじめて120まで行ったら、60に戻して8分で120まで、出来たらまた60に戻して・・・
といった具合で自分の弾けるテンポを探して下さい。

大体100の8分が弾けて中級者、140の16分が弾けたら上級者程度だと考えてもらえれば結構です。

これで左手のスピードもわかりました。この確認できたスピードがあなたのスピードです。

次回は「聴覚的なスピード」のことなどを書いていきます。

エレキギター:速弾きが速くなる方法

速弾き

今回はエレキギターの方限定、速弾きが速くなる方法です。

ギタリストは元々目立ちやがりやが多いので速弾きが好きな人は多いです。特にハードロックが好きなギタリストは例に漏れず速弾きが好きだと言えるでしょう。日本でもラウドネスからB’Z、Xなど速弾きバンドは多数ありますし、海外だとVAN HALEN、Mr Big、エクストリーム等、速弾きを目当てに見に行くお客さんもいるかもしれません。

ギターの技術にかかわらずどんな楽器でも追求していくと基本的にはどんな技術の習得でも難しいのですが、「速弾き」は特に苦労する人が多いと思います。
実際にはピッキングひとつ、チョーキングひとつ、カッティングひとつ、どれも録音レベルの演奏をデキる人の割合は100人に1人もいないと言えます。

ただ、これらの技術を実際に判断するのは本人の事が多いので録音レベルに達して無くても気付かずレコーディングしている人が大多数ですのでこれらの「地味なテクニック」はあまり気にする人はいません。

それに比べれば「速弾き」は弾けてないことに本人が気づきやすく、単純に曲と合わせていても間に合わなくなるので間に合わなければ曲が成立しません。
(ただ恐ろしいことに弾けていないことに気づいてない人もいて。レッスンの際にメトロノームに合わせても裏と表が何度もひっくり返っているのを目の当たりにして講師側が愕然とすることも多いです。)

速弾きの練習法は基本としては「ゆっくり弾く」この1点に尽きます。

レッスンをしていると「自分の弾けるスピード」を知らない人が多いことにびっくりします。
それではまずは自分のスピードを知ることから始めましょう。

——————–
自分のスピードを知るためにはまずはメトロノームを使います。
この「メトロノームを使う」ことをしない人が非常に多いように感じますが絶対にメトロノームを使って練習してください。

間違っても曲に合わせて、何度でも原曲のスピードに合わせるように頑張るといった練習はやめて下さい。
カッティングでも速弾きでもリズムが関係する練習は出来るだけ曲ではなく、メトロノームを使いましょう。
なぜ僕がこれほどまでにメトロノームにこだわるかというと、メトロノームに合わせない人は大抵原曲に合わせようと頑張るからです。

「原曲と弾いてはいけない」というわけではないですが、原曲と合わせるのは、曲の雰囲気を知る時と確認の時です。
普段の練習で曲と合わせていると音が混ざってまるで自分が上手く弾けている錯覚に陥ることがあります。

もしどうしても曲と合わせていのであればギリギリ聞こえる最小限の音にして自分の音がよく聞こえる状況で練習してください。
あとエフェクターなどをかけるのもNGです。空間系エフェクターならいざしらず、歪み系の音で練習すると音が潰れているので音の粒が確認出来ませんし、多少のミスタッチでもエフェクターがごまかしてくれるので上手く聞こえてしまいます。もちろんエフェクターをかけたほうが楽しいので上手くなるより楽しく練習したいという方ならいいのかもしれませんが、最短距離で上手くなりたければメトロノーム+クリーントーンで練習してください。

では自分のスピードを知る方法を書いていきます。
自分のスピードとは2点
・物理的なスピード
・聴覚的なスピード
があります。

また「物理的なスピード」には「右手」と「左手」があります。
これらを知ってから速弾きの練習に取り掛かったほうが効率が格段に違ってきます。
(左利きで左利き用のギターを弾いている方は逆で進めてください)

次回は実際にメトロノームを使った練習法をやっていきたいと思います。

ピックの持ち方、選び方(ギタリスト用)

ピックの持ち方

今回はピックの持ち方について。
ピックの持ち方ですが基本的な持ち方は様々な教本に同じようなことが書いてあるかと思いますのでそこには今回はそれほど触れませんし、教本や別の詳しいサイトを見てもらえればいいと思います。

なので今日はそこから外れた、超上級者のピックの持ち方、またそれに付随したピックの選び方について考察していこうと思います。

一般的にはピックの持ち方って人差し指の第一関節より上にピックのお尻がつくようにして、指はOKの形を作ってピックの先は大体人差し指と同じ方向を向かせます。その後は微調整。
指の長さや形状は人によって違うのである程度は本人の感覚によるところになります。

この基本のピックの持ち方は当然問題ないのですが、実はピッキングは何年かに1度見直したほうが良いと思われるほど繊細なものです。たとえギターが相当上手くなったとしても自分のピッキングの精度があがるということはピックの持ち方も精度の上昇とともに見直す必要があります。

わかりやすく言うとギターをはじめてから1年以内はピッキングの精度が低いので小さなピックは扱えません。プロは0.1mm単位でピックの位置を調整できますが、初心者だと5mmがいいところでしょう。

なので最初はおにぎり型のピックを使うギタリストが多く、逆に小さなピックは誰も使おうとはしません。
ティアドロップ型を使うのがいいところでしょう。また、ピックの硬さも硬いピックは抵抗値が大きく、引っかかるので敬遠しがちです。硬いピックだとカッティングをした時にUPの際に力が逃げてくれないので引っかりやすくリズムも狂う原因になります。

よって初心者は大きく、柔らかいピックを使う傾向にあります。

3年~5年ほどギターを弾くと5mmだった精度が1mm程度になってきます。
(個人差がありますが・・・)
そうすると今度は大きいピックだと持て余すことになります。今までよりもピックの先の方で弾くことができるのであえておにぎり型などの大きいピックを使う必要がなくなるばかりか、おにぎり型ピックの先の広角なことが我慢ができなくなり鋭角のティアドロップに移行する傾向にあります。ピックの硬さも今までは自分の指先で抵抗を逃がせなかったのが、受け流すことが出来るようになるので硬めのピックでも扱えるようになります。逆に柔らかなピックだと強く弾きたくてもシャキッとしたカッティングが出来ないため弾きにくく感じるようになるかもしれません。

5年~10年以上すると一部のギタリストは1mm程度だった精度は0.5~0.1mm程度となり、ピックの先の先で弦を捉える感覚を感じられるようになります。ピッキングも肩、肘、手首、指先の4つの点で微細なコントロールが出来るようになるので、ピックの先、縁などで音色を変化させたり、弦に当たる角度を調整することで同じ強さで弾いても強さは変化させられるようになります。フィジカルな強さを変えず、実際の出音の強弱を調整できることでピックの振り幅が均一化し、安定したピッキングが可能になります。(こう書くと全員なれるように感じるかもしれませんが実際は10人に1人くらいは・・・・です。かなり練習しているプロ志向から脱したくらいのレベルの人です)

こうやってピッキングの習熟度を見ていくと当然ピッキングは変わっていって当然なように感じませんか?

精度が上がれば当然より細かな動きに対応できるピックを求めるようになりますし、ギタリストとしての資質が増せば当然理想の音がでるピックを求めるに違いありません。

結局のところ全てのプロが認めるピックはありません。
速弾きギタリストはJAZZⅢというエッジの効いた先の尖ったピックの形状に落ち着くことが多いですし、ジャズ・ギタリストは甘く丸い音が出せるように太い丸く温かみのあるピックを選びやすい傾向はあると思います。

またうまくなると小さく、硬めのピックを求めやすい傾向もあるように感じます。

何れにせよ究極のピックを追い求めているギタリストの方にアドバイスが出来るとすれば自分の身の丈にあった、一番自分の求める音が出て、パフォーマンスが発揮できるピックを選ぶことをお勧めします。

DTM&コンピューターミュージック⑤。1990年代~現代

サンプリング
 今回は「DTM&コンピューターミュージック」の最後、DTM&コンピューターミュージック一で計6回分でした。

さて今回4回目は1990年代~現代です。

僕がDTMを始めたのも1988年ごろからなのでこの辺からはわかります。

1990年にQY10というシーケンサー専用機が発売されます。39000円でした。

これは「スキーバスの中に持ち込んで手軽に作曲が楽しめるもの」をコンセプトに設計されたそうで、超コンパクトでした。


僕も買ったかもらったか、どこで手に入れたかは覚えてませんが使ってました。

でも写真をみるとわかりますが画面が超小さくて入力はとてもやりづらかった記憶があります。

高校時代に一生懸命これでピアノを打ち込んでました。

これで打ち込んだリズムを4トラックレコーダーというテープ式のレコーディングできる機器に入れ、ギター、ボーカルを重ねて作曲をしていました。

※ちなみに専門学校で講師をしていたときこれの上位機種QY100が使われていて生徒はギターをこれに指して作曲をしていましたね。。。


1996年ごろからハードディスクレコーダーが登場します。

今ハードディスクレコーダーといえばTVの録画機器の印象が強いですが、この当時は曲を録音して編集する機械の総称でした。まだ動画の編集などは容量が足りませんでしたから。。。

1995年にはウィンドウズ95が登場、パソコンで徐々にレコーディングができるようになってきます。

日本でも小室哲也率いる(?)TMN、TRFなどコンピューターを使った音楽が流行るようになります。

またコンピューターを使ったジャンル、テクノやハウス、トランス、ユーロビート、ヒップホップなどが出てきます。

そして1990年代後半からすこしづつインターネットが復旧していきます。

僕もマックのパフォーマーという機種でインターネットをしていました。

むちゃくちゃ遅かったですけどね。。。音楽の配信なんてとんでもない。文字のやり取りや画像が精一杯でした。

画素数も30万画素くらいでしたし。

2000年に入ってからのブロードバンドの高速化、コンピューターの高速化、大容量データーの処理能力の大幅な向上はご存知の通りです。

現在は家で録音したものをメールで送信、受け取った人がそれを編集して・・・とネットワークだけで会わずに曲をやり取りすることも容易になりました。

もはやスマホのアプリのみでも録音、作曲ができ、しかも0円~2000円くらいだせば1980年代なら数百万以上しただろうシステムを手に入れることができます。

とても良い時代になったと言えます。

その反面、音楽制作が低価格化したこと、物流の仕組みが大きく変化したこと、多様化したことでCDショップ、ライブハウス、レコーディングスタジオは大きく経営の仕方の方向転換を迫られることとなります。

閉店したり、つぶれてしまう企業も多く出ました。

また聴衆のモラルも叫ばれることが多くなりました。違法ダウンロードや違法アップロード、コピーの問題などデジタル化された音源だからこその問題が大きくなっています。(1980年代もコピーテープなどは出回りましたが、マスターテープに比べると音が粗悪なものが多かったのでそれほど問題にはならなかったのかもしれません。)

ただ、どんなに録音システムが進歩しても誰でもいい録音ができるわけではありません。そこらへんは正直変わっていないように感じます。


ようやくDTM&コンピューターミュージック完結です。いかがでしたでしょうか?

DTM&コンピューターミュージックの歴史は科学技術の歴史でもありますよね。

今、こんなに良い環境を持てるようになっているのも先人の人たちの努力や苦労の上にあることを認識して音楽を楽しもうと思います。
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DTM&コンピューターミュージックの歴史④、1980年代

ミュージ郎
 今回は「DTM&コンピューターミュージックの歴史④ 1980年代」

いよいよというかようやくというかDTMという言葉がでてきます。

1988年、ローランドから「ミュージくん」というソフトが発売されます。

こちら!!

内容は

MT-32・・・・音が入っている、音源モジュール、これによりコンピューターで指定した音が指定した場所で指定した長さで出てくる。

MPU-PC98・・・PC9801(というパソコン)とシンセサイザー、MT-32をつなぐ機械、MIDIインターフェイス。

シーケンスソフト・・・これを使ってパソコンでプログラムをし、そのプログラムに沿って音楽が演奏される。

これでさておいくらでしょう??

98000円!!

高い?安い?

まぁでも前回書いたシンクラヴィアなんて何千万もしますからね。。そう考えると信じられないくらい安いんじゃないでしょうか?

一般人でも手が出せます。

この箱にDESK TOP MUSIC SYSTEMと書いてあったのが「DTM」という言葉のはじまりです。

画面はこんな感じ

作業環境はこんな感じ

ブラウン管ですね。。。懐かしい。。。(これの処分には大変困りました。壊れた時はとりあえず叩いてましたし)

そして1980年代に登場し、今もDTM&コンピューターミュージックに欠かせないものと言えば「MIDI」という規格。

MIDI=Musical Instrument Digital Interface

これが何かというと、1970年からいろいろなシンセサイザーが出てくるわけですが、コンピューターで曲をプログラムしてこのシンセサイザーに命令をだそうとするとコンピューターとシンセサイザーをつながなくてはいけませんよね?

でもその規格が統一されていないと困ることが予想されます。

たとえば2台の違うシンセサイザーを1台のコンピューターで動かそうとしたときに上手く2台のシンセサイザーに命令を出さなければいけないのです。

そのために1983年日米の音楽機器・ソフトメーカーによって演奏のための信号に関する標準規格であるMIDI Standard 1.0が発表されました。

また、1991年には日本MIDI評議会(現在の音楽電子事業協会)とMIDI Manufacturers Association (MMA) によってGM音源ができます。

GM音源はいろいろな機器に同じ音源を入れることでデーターの交換が容易になります。

お互い同じ音源を持っているのですから、わざわざ相手が持っている音源を持つ必要がないんです。

今は大容量のデータもネット上で遅れますし、各機器もそれに対応できるだけの容量を備えていますが、当時は1曲分の音声データすら入らないくらいの容量のパソコンしか一般人には手に入りませんので、データー量を小さくする必要があったのです。

現在はMP3など音声データ自体をやり取りできるので歌をそのままもらうことができましたが、MP3が登場するのが1998年以降ですから、当時は音声の圧縮技術も無くデーター量を抑えることがとても重要な意味を持ったのです。

GM音源以外にもGSやXGなど同じようなものは各社出していましたが、それぞれGM音源の拡張版だったためGM音源での対応は可能でした。


ちなみに皆さんカラオケに行かれる方も多いと思います。

カラオケの音源はこのGM音源の拡張版であるYAMAHAのXG音源が多いです。

「これ、ギターの音っぽいけど本物ではなさそう」

と思ったらXG音源かもしれません。


次回は最終回1990年代、いよいよ本格的なDTM時代の到来です。

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DTM&コンピューターミュージックの歴史③、DTM黎明期

シンクラヴィア

今回はDTM&コンピューターミュージックの歴史の3回目、「DTM黎明期」です。

前々回シンセサイザーの登場、前回はその音響合成の仕組みをファミコンの音楽を例に進めていきましたが、今回はその続きとなります。前回のファミコンの回は数に数えませんので今回が3回目となります。1960年台から。

前々回「コンピューターのプログラミングが曲に使われた初めての作品「イリアック組曲」が1957年に出ます。」

というのをやりました。コンピューターがこのころから少しづつ実用的になってきます。1960年代は主にシンセサイザーの進歩があげられるでしょう。またテープレコーダーも比較的安くなったためミュージシャンがテープ音楽に参加しやすくなったともいえます。

※テープ音楽とは録音されたテープを切り貼りすることでできるコラージュ的な音楽のこと

1979年にシンクラヴィアIIという機械が発売されます。


シンクラヴィアのシステムはFM音源のシンセサイザー、サンプラー、シーケンサー、ミキサー、視覚的作業が可能なコンピュータ端末、鍵盤で構成される。これらはシームレスに連係し、音色データや演奏データはハードディスクに記録することができる。サンプラーのサンプリング周波数は最高100kHz、連続録音時間は最長75分。シーケンサーの分解能は1/1000拍。さまざまなジャンルのサンプリング音のライブラリーがある。

wikipedia参照

———————————

サンプラーとは音を「サンプリング(録音)」してそれをひとつの素材として扱うこと。

シーケンサーとは演奏するデーターを入力するとプログラムどおりに演奏をさせることができる機械

ミキサーとは各パートの音量や音色などをそれぞれコントロールし、まとめることのできる機械

これだけのことが一挙にできる機械なんです!!

今は普通にありますがこの当時は奇跡のようだったのかもしれません。

もちろん性能面では比較できませんが、まさに現在のDTMでつかわれているシーケンスソフトに近い機能を持ち合わせています。

こちらはシンクラヴィアⅡ

まぁただこのシンクラヴィア、値段が数千万~1億もしたそうでとても一般人に手が届く金額ではなかったようです。かの小室哲哉も1億円でこのシンクラヴィアを買って「空をとぶ以外ならなんでも出来る」と言わしめたそうですし、パットメセニーも使用しています。最長72分ものサンプリングが出来たそうです。今でこそ72分のサンプリングはなんてこと無いですが、当時は1M程度のフロッピーディスクで数秒のサンプリングで大喜びしていた時代ですので凄いと言わざる得ません。

こちらはFairlight CMI 。このシンクラヴィアのライバル機でした。1980年代にこれがあったというだけで驚きです。

ハービーハンコックがレクチャーしてくれてます。

これを見るとわかりやすいです。

子供たちの声を録ってそれを鍵盤にアサインしています。これがサンプラー機能
音をサンプリングしてその音が鍵盤から流れます。半音上がるとサンプリングの音も半音あがりますが、その分波長も短くなるので音程をつければつけるほど音は劣化したような音になっていきます。

画面にいろいろ書き込んでますね。曲線っぽいのは音の出方を画面に直接書き込んでいるんでしょう。

その後にドラムの打ち込みもしてますね。そして1980年代にはいると本格的にコンピューターミュージックが台頭してきます。

次回はTM&コンピューターミュージック(1980年代)を書いていこうと思います。

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ファミコンの音楽

ファミコン

 今回は前回までコンピューターミュージック黎明期から少し脱線して「ファミコンの音楽」について書きたいと思います。先日スーパーファミコンミニが出て行列が出来ているニュースを見ていたので多少タイムリーな話題です。

スーパーファミコンが出た時の衝撃がもうすっかりはるか昔になってしまいましたが・・・調べたら今からもう四半世紀前ですよ・・・


実はファミコンの音楽を理解できるとコンピューターミュージックの音色を理解する上でとても役に立ちます。

こちらはファミコンで最初に発売された3タイトルのうちのひとつ、「ドンキーコング」

ピコピコしてますね。

今のゲームの音楽ってこんなんじゃないですよね?

歌が入ってたり普通に音楽という認識です。

でもこのころのゲーム音楽やその後出てきた携帯の初期の着信音なんかはピコピコしてます。

なぜかというといろいろ理由はあるのですが、一番にあげられるのはもともとファミコンのソフト自体にデータ量をそれほど蓄積できなかったことがあげられます。

ファミコンのソフトの容量は1~2MBです。

これがどれ位の容量かというとCDが1枚700MBくらいだったと思いますのでCDの700分の1~2です。

曲の長さにすると6~12秒くらいしか録音できない計算になりますね(笑)

この容量の中にあのドラクエだったりスーパーマリオだったりと入れなければいけなかったので曲に容量なんてとれなかったのがあります。

※ちなみにドラクエ1は64KBでできています。CD1枚の中にドラクエが10937本入ります(笑)


ファミコンの音楽はPSGという形式でした。

PSGとは「Programmable Sound Generator」プログラム可能な音源という意味です。

同時に発音できるのは4つまでで矩形波2音と三角波1音、そしてホワイト ノイズ1音と呼ばれる波形を変化させて作っています。

矩形波(くけいは)は四角形の波形をしていてこれを組み合わせたり、ずらしたりすることでいろいろな音を作り出せます。

これで聞いてみましょう。

音楽はベース音とメロディだけでできていますね。

あと2音はどこかというとこの効果音で「ザッ」とか「シュッ」とかいったノイズや「ピューン」という音などで使われています。

では有名なドラクエ1はどうでしょう?これなんかオーケストラになってますからね・・・

聞くと基本3音で出来ていますね。もう1音は効果音で使われています。

敵と戦うときは曲は2音、効果音で2音使っているようですね。


というように昔は今と違ってこんな感じで音色を使い分けていたんですね。

今はというと例えばピアノは最上級のグランドピアノの音を強さにわけて1音で何段階かとって(サンプリングして)それを使用しています。

昔とくらべると雲泥の差です。

いかがでしたでしょうか少し脱線しました。ファミコンに関しては他にも音楽ネタがありますのでこのコンピューターミュージックの後にでも書きたいと思います。

みなさんに覚えておいてもらいたいのはこの音の作り方はファミコンに限ったことではなく、シンセサイザーの音の作り方もこれと基本的には同じです。

いくつかの波形を重ねたり変化させたりしてピアノの音やドラムの音、ベースの音を作り出しているのです。

ちなみに現在のシンセサイザーは実際のグランドピアノの音をサンプリングしてそれをシュミレートすることによって擬似的なグランドピアノの音色を作り出したりしています。科学が進歩してもまだ100%誰が聞いてもわからないようなグランドピアノの音色は作れていません。特にアコースティックギターの音はなかなか再現性が難しいようです。そのほうがミュージシャンとしてはありがたいのですが。。。

次回はまたDTM&コンピューターミュージックの歴史3回目に戻りたいと思います。

DTM&コンピューターミュージックの歴史②~戦後

メロトロン
 今回はDTM&コンピューターミュージックの歴史の2回目。

前回はDTM&コンピューターミュージックの歴史の前段階である電子音楽の黎明期をしました。

電子楽器の黎明期の後の今回は戦後、DTM&コンピューターミュージックの黎明期の話をします。

とはいっても実際にDTMと呼べるようになるのは1980年代なのでまずはコンピューターミュージックの事を書いていきたいと思います。

それは戦後すぐに起こります。

もちろんまだコンピューターはありません。もちろん1940~1942年ごろにデジタル計算機自体は発明されていますが、まだその程度でした。

実用的なコンピューターがでてくるのは1960年代です。

ハモンドオルガンの登場の1934年から14年後の1948年、レコードを用いた「ミュージックコンクレート」という手法が出現します。

これは街中の音楽などの環境音を録音してレコードで編集するというコラージュ的な手法でした。

音楽というよりもアートといったほうが的確かもしれません。

はっきりと音楽といえるのはドイツの電子音楽スタジオで作られたカールハインツ・シュトックハウゼンの「少年の歌」などからといえます。

カールハインツ・シュトックハウゼンはドイツの現代音楽家

こちらが「少年の歌」

ん~・・・現代音楽って感じですよね。この難解さが。

こちらは先程のレコードではなく、テープを使ったものです。

テープはレコードと違い切り貼りがしやすくコラージュに適していたといえます。

日本でもNHK電子音楽スタジオができ「黛敏郎」などの現代音楽家が出てきます。

黛敏郎はミュージックコンクレートや電子音楽などにいち早く興味を示し、そういった流れを日本に紹介していました。

こちらはNHK電子音楽スタジオでシュトックハウゼンの来日によって作られた作品「テレムジーク」

ただ、これらはあくまで電子音楽であり、コンピューターミュージックとは呼べるものの、DTMではありません。

コンピューターのプログラミングが曲に使われた初めての作品「イリアック組曲」が1957年に出ます。

ん?こっちは普通にクラシックに聴こえますね。。。

どうやら作曲自体をコンピューターが行っていて、演奏は人力なようです。


1951年に世界で初めてのコンピュータによる音響合成がアメリカ人「マックス・ヴァーノン・マシューズ」によって行われます。

彼はコンピューターのプログラミングによって音色を操ったり、音楽プログラミング言語MUSIC-Nを開発するなどその後の電子音楽の発展に大きく寄与します。

「音響合成」とは波形を変化させることでいろいろな音色を作り出すことです。

ちょっと堅い話になってきちゃいましたね・・・・・・

音色合成をみなさんに手っ取り早く説明するのに都合が良いのが「ファミコン」の音楽を使った説明ですね。

「ファミコン」とはそう、「ファミリーコンピューター」です。

この「ファミコン」で使われた。PSG音源というものを説明することでシンセサイザーの仕組みを説明できます。

次回は少し脱線をしてこの「ファミコンの音楽」をやろうと思います。

こちらはゼビウス・・・懐かしい

軽いウンチクを。

このゼビウスを作曲したのは慶野由利子さんという方、よくYMOの細野晴臣氏が引き合いに出されますが、細野晴臣氏は編曲であって作曲ではありません。

・・・細野晴臣さんを知らないと意味ないですよね。このウンチク。

次回はそのファミコンについてです。

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DTM&コンピューターミュージックの歴史~戦前編

DTMの歴史

今回はDTM&コンピューターミュージックの歴史。

現在の音楽のほとんどはコンピューターの恩恵を受けていることもあり、今回から数回を通してDTM&コンピューターミュージックの歴史を紐解いてみたいと思います。

他の音楽もそうかもしれませんが、DTMやコンピューターミュージックの進化はその性質上どうしても科学技術の進歩とともにあります。ここ数年でも随分僕達の音楽環境は変化してますよね。そのうちVR上でセッションとかも近い将来可能になるかもしれません。(今はどうしても回線スピードに遅れが出るいわゆる「レイテンシー」のせいで同時に音を出して聞いてということは出来ませんので難しいのです)

今回は戦前までですね。戦前にコンピューターミュージックもおかしいですが・・・・

もちろん戦前はコンピューター自体ありませんのでコンピューターミュージックの歴史というよりも、DTM&コンピューターミュージックが誕生する土壌が作られるまでと捉えていただければと思います。


DTM&コンピューターミュージックとはコンピューターだけでなく電子楽器による音楽も含みます。

まぁどちらにしても電気が不可欠なわけですが・・・・

とうぜんコンピューターよりも電子楽器のほうが歴史は古いです。

まずはDTM&コンピューターミュージックの前のDTM&コンピューターミュージックがでてくる礎となった電子楽器の黎明期の話を先にしたいと思います。

1906年にテルハーモニウムという楽器が発明されます。(実際は1897年発明、1906年公開)

ちょっと説明が大変そうなんで・・・・wikipediaを引用すると


 

145個の改造されたダイナモにより可聴周波数帯域の交流信号を生成することを原理とし、ポリフォニック・ベロシティ・センシティブのキーボード(7オクターブ、40Hz-4kHz間で調律可能な36音/オクターブ)を備えていた。初期モデルはピアノ響板で製造されたラッパ型ホーンから、後のモデルは直結した電話回線を経由、もしくは特製アコースティック・ホーンに接続された電話受話器で音を聴いた。この方法はアンプ(増幅器)が誕生する以前に電子音を聴く唯一の方法であった。重さ200トン、長さ60フィート、総工費20万ドルと、ばく大な規模であるこの「電子楽器の始祖」は20年間ニューヨーク39丁目のTelharmonicホール全体の床を占領していた。

 


だそうです。

こんな感じの音です。シンセサイザーですね。

※これは実際の当時の録音ではないので、当時の音をそのまま聞くことはできません。

一般的に復旧した電子楽器と言えば「テルミン」。

たしか「大人の科学でもありました。」

9500円・・・ちょっと高いなぁ・・・悲しい

この「テルミン」、相当うまく弾くとこんな感じになります。

テルミンが出たのは1917年、そのテルミンとよく似た音の楽器「オンド・マルトノ」が1928年に発明されます。

おおっ!鍵盤が左右に動く!!

このオンド・マルトノは現在でもオーケストラで演奏されることがあるようです。

本物を買うと骨董的価値も付加されて、ウン1000万らしいです

そして1930年にさらにその進化版ともいえる「トラウトニウム」がでます。

だいぶ進化しましたね。

その後ついに1934年に有名なハモンド・オルガンが登場します。

こちらを見れば説明不要。


実は日本でも同じような動きはあったようで、1935年に「マグナオルガン」というオルガンが発明されています。

日本楽器製造株式会社というYAMAHAの前身の会社で作っていたそうです。

音聞いてみたかったなぁ。。。。
(※ちなみにヤマハのマークは音叉を組み合わせたものって知ってましたか?)

ここのサイトで詳細がみれます。

次回は戦後の流れをやります!!
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