雑学

「#」と「♭」と「シ」

音楽記号

今回は「#」と「♭」と「シ」の関係

「#」「♭」「シ」と3つ並べると音楽を思い浮かべた方は正解です。
なぜ「#」や「♭」が誕生したのかを書いていきます。

「#」や「♭」などがなぜ出現したのかを考えることは音楽家でもそうありません。疑問すら感じないかもしれません。

普段レッスンをしていると自分が当たり前だと思っていることが実はそうではないということに気付かされることも多いです。

少し脱線しますが、例えば以前、体験レッスンをしていた時のこと。
(ポワンポワンスタジオは他の多数の音楽教室同様、無料で体験レッスンをしています。CMでした・・・・笑)

「なんでギターって弦が6本あるの??」と体験レッスンを受けに来た小学生に聞かれました。そう言われると・・・どうしてでしょうね・・・

ギターの祖先がリュートなのは知ってますしギターの知識もそれなりにあるはずだったのですがその質問には答えられませんでした。

後で調べると特に理由はないんですね・・・・笑
ただ、弦楽器はもともと弦の増減を繰り返す歴史もありますので長い年月をかけて6弦に落ち着いたというのが正解何だと思います。

確かに様々な楽器を見ているとその楽器の役割にふさわしい音域になっていることが多いです。広い音域が求められる楽器の場合弦の数は多くなりますし、逆に低音域や高音域、楽器の使用用途がメロディー楽器なのか伴奏なのかなどでも必要な音域は変わってきます。

ギターは7弦ギターなどもありますが、低音弦が必要性を感じるギタリストは好んで利用していますし、そうでないギタリストは弦が多いことでネック(左手で握る場所)が太くなりますし、覚えることも多くなります。僕も7弦ギターを試しに弾いてみましたがかなり頭が混乱した記憶があります。

元々低音を足そうとしても良い音を得るのが大変ですし、高音を足そうとしてもこれもおそらく良い音は得にくいのだと思われます。また必要ないものを足すことで混乱を招きますし楽器の値段も当然あがりますので淘汰されていったのだと思います。

・・・・脱線し過ぎましたね・・・

実は「#」「♭」「シ」はすべて元々同じ意味から派生しているんです。

遡ること400年ほど前までは「シ」という音階は当たり前のものではありませんでした。

えっ?じゃあそれまではどうやって音楽を奏でてたの??

といった疑問が湧いてくるかもしれませんが、1200年ほど前は音楽と言ってもオルガヌムといった2声でのハーモニーを奏でるくらいで今私達が聞いているような音楽はまだ誕生していません。

それが1600年くらいにかけてあたりから多声になりハーモニーが出てきてチェンバロやリュートなどが出てきてようやく私達の知っているクラシックらしい音楽になってきた時代背景を考えてもらうと理解し易いかと思います。
かといって「シ」がなかったわけではなく、「ドレミファソラ」までしか明確でなかったと言ったほうが良いかもしれません。

「シ」の音の呼び名も不確かだったようで、低い「シ」が丸い「b」、高い「シ」が四角い「b」で区別されていたようです。

そう言われると♭(フラット)とb(B)って似てますよね。その名残で今もドイツでは低い「シ」はB、高い「シ」はHで区別されています。それが結局イギリスに入ってくる際に「AHCD」ではなく順序の関係で「ABCD」方式が採用され、現在コードはABCD・・・表記されています。

イギリスはピューリタン革命などで1600年台は激動の時代でした。クラシックの世界でも音楽的にはヨーロッパの他の国に遅れていたようですね。

結局この「シ」の音を「高い」、「低い」という表記だったのが現在のように各音階に付くようになったのです。

調律の話④

今回は「調律の話④」

18世紀になると有名なバッハが出てきます。

バッハは平均律クラヴィーア曲集という曲集を書いてます。なので平均律がまるでこの時代からあってバッハが使ってたように感じるかもしれません。実際はこの時代には平均律自体はありましたが、バッハは使用はしてません。これは「良音律」を「平均律」と誤訳された結果だそうです。
本来は「良く調整されたクラビーアのための曲集」という解釈だそうです。

この時代は平均律は認知はされていたようですが、まだ積極的に使用されてはいませんでした。どちらかと言うと否定的な意見のほうが多かったようです。
バッハも平均律に

実際今まで純正律や中全音律を使ってた人たちが平均律を試すとおそらく濁って聞こえたのだと考えられます。特にオーケストラなどではかなり耳障りに感じただろうと推測されます。

平均律が広く使われるようになったのは18世紀の終わり頃です。そもそもそれまで平均律が使われなかったのは聴感的な問題ばかりではありません。たしかに音楽界からも非難の的になることは多かったのですが、実際1オクターブを12に平均的に分けることが難しかったのです。

当時は現代と違ってコンピュータもありません。例えばラの音は基準音ですのですべての調律において440HZですが、ミの音は純正律だと660HZというわかりやすい振動数ですが、平均律だと

659.2551138257

というちょっとコンピュターでもないと判断がつかなさそうな数値になってしまいます。
1秒間に「659.2551138257」の振動数を計るってことですからね・・・それは難しいですね。

実際にこういった研究に勤しんだのは音楽家ではなく数学者たちでした。シモン・ステヴィンという数学者が1600年頃に平均律を数値化することには成功してますがこれを調律に利用しようとする人はいませんでした。

この平均律による調律を可能にしたのはやはり科学の進歩でした。1500年ごろになるとレオナルド・ダ・ビンチなどがネジなどを使用して時代とともに精密な機械が作られるようになります。

1800年になるとヘンリー・モーズリーが精密な金属旋盤を制作できるようになりその結果ピアノを平均律で調律できるピンが完成したそうです。

1840年代になるとロンドンのジョン・ブロードウッド社がピアノを平均律で調律することになります。
音楽家ではドビュッシーのように平均律の調律を前提に曲が作られたのもとても大きな時代の流れとも言えますし、平均律のピアノが大量生産されるようになったりと時代が平均律を求めていたようにも感じます。

そもそも音楽理論もどんどん複雑になり、転調が当たり前になってくるに従って旧来の純正律や中全音律では適応できなくなったのです。
このようにして20世紀になると西洋音楽は平均律がポピュラーになり、その結果前衛音楽の台頭や無拍子の音楽、ジャズなど平均律と相性が良い音楽の出現などにも関係してきます。

しかし近年、逆に古典調律で演奏する演奏会なども増えてきているようです。確かにその当時の調律で聞いたほうが曲本来の響きを味わうという点では良いのかもしれませんね。

調律についてどうでしたか?知ってないことがたくさんあったのではないでしょうか?

調律の話③

今回は「調律の話③」

前回は8世紀頃までの調律の話を書きましたがその続きです。

9~10世紀くらいからポリフォニーのもととなるオルガヌムという二声による合唱法が登場する。第一声は決まっており譜面にも残っているようですが、第一声に合わせる第二声はその場で耳で合わせていたようです。

このオルガヌムが11世紀前後から二声ではなく三声、四声と重ねられるようになり、またそれまでは一音につきひとつの音を重ねていたのが細かな音や第一声の中でいくつか音が変わるなどメリスマ的オルガヌムの形式が見られるようになりました。また16世紀頃になるとさらに複雑化していき、多声や和声といった表現が似つかわしくなってきます。

よく音楽の3要素として
・リズム
・メロディー
・ハーモニー
と言われます。

このハーモニーという概念が出てきたのがこの頃かと思われます。

よく似たような言葉で「シンフォニー」という言葉がありますが、これは「平行オルガヌム」のこと。
第一声に対し平行に4度や5度でつけられるハーモニーのことです。シンフォニーは訳すと「ある響きを合成したもの」となります。

このように10世紀から16世紀にかけてどんどん多声化していくと現行のピタゴラス音律では対応できなくなってきます。
そこで出てくるのが純正律です。

純正律とはピタゴラス音律と違って基準の音からの他の音を導き出します。
例えば「ド」から周波数の比が9:8の音を「レ」、5:4の音を「ミ」 4:3の音を「ファ」 3:2の音を「ソ」 5:3の音を「ラ」 15:8の音を「シ」というようにです。

ピタゴラス音律は「ド」から3:2の音が「ソ」、「ソ」から3:2の音が「レ」と元の音がどんどん変わっていくため段々とズレが生じて和音にした時に響きが不快な時が多くでました。「響きが不快」というのは周波数の比が複雑な整数比になるということです。純正律を使うと周波数の比が単純な整数比になるためとても綺麗な響きになります。

そばにピアノなどの鍵盤楽器がある方は白鍵で適当な和音を弾いてみるとわかりますが、響きが揺れるのがわかるでしょうか?
これに対して純正律で調律したピアノは音が揺れずそのまま減衰していきます。基本的なキーボードはすべて平均律で調律されているのでこれらで純正律の和音を確認することはできません。ただし、ごく一部のキーボードには合唱などの指導用として純正律に近い和音を出せるものもあるそうです。

オルガヌムが多声化していくに従ってこの純正律や中全音律と呼ばれる純正律を改良した調律が使われるようになります。

純正律はバルトロメオ・ラモス・デ・パレーハが1482年に理論的にまとめましたが純正律は転調に対応できないのでいろんな作曲家がそれを転調に対応できるようにずらして調律しました。これが中全音律です。

実はこの時代にはピアノがまだ登場してませんのでピアノ調律師という職業がまだありませんでした。
他の楽器はと言うと基本的には自分で調律出来たようです。

例えばピアノの祖先のチェンバロは形はピアノに似てますが、中に張ってある弦は毎回調律をし直さなければいけませんでした。逆に言えば演奏者が調律できたのです。調律が厳密になってきたのはここ100年ほどの間のこと、それ以前は「ラ」の音がどれくらいの高さかということですら各国でばらつきがありましたのでバッハの時代はもっと大雑把だったのだと推測されます。

話を戻しますが、これ以後19世紀になって平均律が主流になるまではこの中全音律や純正律から派生する調律で西洋音楽は作られていたようです。

続きは調律の話④で。

調律の話②

今回は「調律の話②」

数学者と音楽はすぐには頭の中では結びつかないかもしれませんが、音=振動と考えると数学的なイメージを持ちやすいと思います。

以前どこかで書きましたが皆さんが聞いている音階は実は振動数により音程が決まります。例えば1秒間に440回振動することでラの音がでたり、1秒間に660回振動することでミの音が出たりします。

逸話によるとある日鍛冶屋の前をピタゴラスが通った時に鍵屋の打つハンマーの音が心地の良い協和音を出していることに気づきます。そこで興味を持ったピタゴラスがそのハンマーを調べると5本あったハンマーのうち4本の重量が12:9:8:6という数比の関係にあることに気づいたそうで、弦楽器や笛などでも実験してみると弦の長さの比率が振動数と比例し、その結果振動=音程なので弦の長さを調整することで音程を調整できることを発見します。

この理論により導き出された調律法は「ピタゴラス音律」と呼ばれ現在の調律法の礎となりました。

【ピタゴラス音律】
ピタゴラス音律を説明すると周波数比を3:2にすると完全5度という音程が生まれます。例えば先程660回の振動がミで440回の振動がラだと言いましたが660:440=3:2となります。

これで「ラ・シ・ド・レ・ミ」とラを1度とするとミが5度になるいう関係が生まれます。

ここからは普通に説明すると複雑な話になるので簡潔に説明しますが、
次にミから完全5度上を作ると「シ」が出来ます。同じように「シ」からは「ファ#」が「ファ#」からは「ド#」というように「ド#」→「ソ#」→「レ#」→「ラ#」→「ファ」→「ド」→「ソ」→「レ」→「ラ」というよに一巡します。

「ラ」→「ミ」→「シ」→「ファ#」→「ド#」→「ソ#」→「レ#」→「ラ#」→「ファ」→「ド」→「ソ」→「レ」→「ラ」

という具合です。これをまとめると
「ド ド# レ レ# ミ ファ ファ# ソ ソ# ラ ラ# シ ド」
という12に音程を分けることができます。

※尚これらの音階は現在の音程とは異なります。現在の平均律の音階とは音の高さが違います。

ピタゴラス音階がその後実際に使われたかというとそれほど厳密ではなかったのだと思います。

11世紀ごろになるまでは音を重ねても2音でハーモニーを奏でる程度だったようです。
現在の音楽を語る上で欠かせないのが「キリスト教の登場」です。

紀元前6~4年頃キリストが誕生し、その後ヨーロッパ中に広がります。

キリスト教といえば聖歌や賛美歌を思い浮かべる方も多いかと思いますが、最初のうちは単一の旋律(モノフォニー)で歌うことがほとんどだったと考えられますがそのうち段々それが4度や5度でハーモニーを奏でるようになりました。

実はこのハーモニーを奏でるという事はキリスト教音楽だけに見られるのではなく、日本の雅楽やガムランなど西洋音楽の影響を受けてないと思われる音楽にもあるため調和のとれた音を認識する感覚というのはどの民族にもあるのだと思います。

8世紀前後から教会音楽は形式がだんだんと確率されていきます。
それまではビザンツ聖歌や古ローマ聖歌、ガリア聖歌といったようにその地方の言葉で聖歌を歌っていたようですがフランク王国のカール大帝が800年に西ローマ帝国の皇帝になってからこれらを統一する方針を打ち出しました。

続きは調律の話③で。

調律の話①

今回は【調律の話】

楽器を演奏している方で楽器に調律が必要な方は大勢います。
ギターやベース、ウクレレ、バイオリン、ピアノ、フルートなどなど・・・・

ギターなど自分で調律(チューニング)できる楽器は良いのですが、ピアノとなるとそうはいきません。ポワンポワンスタジオでも日進校はピアノコースがありますのでピアノが3台、ほぼ毎日稼働しています。定期的に調律はしてもらうんですが、調律師さんと話しているとその奥深さがわかります。

ピアノは鍵盤楽器ではありますが構造からすると弦楽器とも言えます。中に200本以上の弦が張られており、チューニングピンをまわして音を調整します。ギターは6本、ウクレレは4本ですから200本チューニングってすごいですよね。

一つの鍵盤に2~3本の弦が張られているので3本で音程をわずかにずらしたりすると音が厚くなったりといろいろな工夫があるようです。電子チューナーで合わせることも出来るらしいのですが良い調律師さんだとアーティストの望んでいる音にチューニング出来たり、その日の温度や湿度、音の響き方などで微妙に出る音を調整するらしいです。

昔、「もののけ姫」が映画化された際に久石譲さんがインタビューでピアノの調律について、「腐る一歩手前の調律」と希望されたような話を読んだ記憶があります。

現在の調律法は十二平均律というすべての音階を平均化した調律法が取られていますがドビュッシーが登場した前後までは別の調律法でした。※ドビュッシーははじめて平均律を使用した作曲家と言われています。

調律の話をするにはまず調律の歴史の話をしなければいけません。
逆に調律の歴史を知れば調律についてかなり理解できるようになると言っても過言ではないでしょう。

私たちは現在当たり前のように音楽を聞いてますが、ドレミファソラシドは人類が生まれたときから存在していたわけではありません。そもそも大正より前には日本にはドレミファソラシドの概念はなかったのです。僕らが大昔のものと認識している童謡や民謡などもほとんどはそれ以降に出来たものです。

逆にドレミファソラシドが日本に入ってくる前の音楽を聞く機会はほとんどありません。みなさんのスマホにも当然入ってないでしょう。せいぜい、祭りのお囃子やTVでごくたまに聞かれる雅楽程度かと思います。

例えば正月なると様々な場所で聴かれる「春の海」という箏と尺八の曲があります。
この曲なんかはもしかすると何百年も前の曲と思っている人もいるかもしれませんが昭和4年の曲です。

この世界にドレミファソラシドがいつうまれたかという議論はなかなかいろいろな見方ができるので難しいのですが1オクターブを12に分けられたのは紀元前6世紀頃と言われています。

ではそれまではどうしていたかというとみなさんがお風呂で鼻歌を歌うように単音で適当な音程で歌が歌われ口伝により伝わっていたのだと思います。一応3400年ほど前の石版から楽譜的なものは見つかっていますし紀元前2000年ほど前にも演奏方法を記したものが見つかっています。ただしその頃のものは全音階で出来ていたそうです。

音程を12にわけることを発見したのはピタゴラスだと言われています。
ピタゴラスは言わずと知れた三平方の定理を発見した数学者です。
※実は発見していないという説が有力ですが・・・・

続きは次回調律の話②で。

戦争と音楽

今回は「戦争と音楽」という重いテーマ。

戦争にちなんだ音楽はたくさんありますが、そういう話ではなく戦争によって禁止されたり利用されたりした音楽の話をしていきます。

誰もが平和な世界は願っているとは思いますが現実の世界では資源の取り合いや宗教的な土地の奪い合いなど様々な理由で戦争が絶えません。

日本でも戦時中は欧米の音楽は敵性音楽として厳しく取締を受けました。
これは日本に限ったことではなく他の国でも同様の施策をとっていたようです。
アメリカは日本と開戦した後に日本・ドイツ・イタリアという日独伊三国同盟の加盟国の言葉を禁止しています。

戦時中は外国の音楽がすべて禁止されていたように思われますが同盟国のドイツの音楽は大丈夫だったそうです。
なのでクラシックもチャイコフスキーやベートーヴェンなどは演奏できたようです。ただ終戦に近づくと贅沢自体が敵という考え方になってきたので演奏会なども段々なくなっていったそうです。

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あまり知られていない話として戦時中の絶対音感の訓練があります。

戦争と絶対音感はちょっと考えたくらいでは結びつきません。クイズにしても知らない人は当てられないでしょう。

日本で絶対音感教育は1930年代からはじまります。

最初はヨーロッパに留学したピアニスト園田清秀が早期の音感教育の必要性を感じ始めたのがきっかけです。そのころ日本人には絶対音がないと考えられてました。そこで自身のピアノ教室ではじめ、1937年には「絶対音感及和音感教育法」という教科書的な本が出版されました。

1941年に日本は太平洋戦争に突入します。その際にこの絶対音感:音感教育を軍事利用できないかを検討され始めます。
1943年ごろから来襲機の種類を爆音で判別する訓練が開始されます。どのように訓練をしていたかというと「爆音集」という敵機の爆音だけをあつめたレコードをかけ、「ボーイングB17D重爆機」「カーチスP40戦機」など様々な飛行機を高度別で1千メートル、三千メートル、五千メートルなど分けて判別できるかを訓練していたようです。

また飛行機だけでなく、潜水艦の内部で聞こえる音が魚雷の音か敵船の音かを判断し、しかもその距離と方向を判別することもしたそうです。ただどちらも特に戦果を上げることなく終戦を迎えたそうです。実戦で使おうとしても状況によって判断が難しくなり、担当していた講師たちもだんだんと実戦に使えうるものではないと考えていたようです。あの時代ですから使えないとわかっても言い出せなかったのかもしれませんね。

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戦時中は楽器の呼び名も変わります。楽器は大抵日本語ではありませんからね。
「サックス」=「金属性先曲がり音響出し機」
「トロンボーン」=「抜き差し曲がり金真鍮喇叭」
「ヴァイオリン」=「提琴」
「コントラバス」=「妖怪的四弦」
「ピアノ」=「洋琴」
「ホルン」=「角笛」
「ティンパニ」=「半円鍋型ぎゅう縛り高低自在太鼓」
「トライアングル」=「三角鉄」
「タンバリン」=「鈴鼓」
「シロフォン」=「木琴」
「グロッケン」=「鉄琴」
「ハープ」=「竪琴」
「ハーモニカ」=「口風琴」
「オルゴール」=「自鳴琴」
「チャイム」=「鐘琴」
「オカリナ」=「鳩琴」
「エレクトーン」=「電子琴」
「ギター」=「六絃琴」

どうですか?

かなり強引というか、もう呼ぶつもりないでしょ?といった呼び方まで並びます。

ただこれらは本当に使われていたかは不明だそうです。

なにわともあれ今の時代は好きに音楽が聴けます。幸せなことですね。

ウクレレの歴史

ukulele

今回は前回のハワイアン・ミュージックの流れでウクレレについて書いていきます。

前回書いたように理由は不明ですがウクレレを習おうという生徒さんがここ数年でとても増えています。
体感的には5年前と去年とを比べるとおよそ2~3倍問い合わせが増えているように感じます。

ウクレレは楽器の伴奏楽器の中では比較的はじめやすい楽器です。よくギターと比べることが多いですが、ウクレレはギターが弦が6本に対し、弦が4本ですしナイロン弦という柔らかな弦でしかもテンションも弱めなので子供でも押さえられます。

また手が小さい方でも問題なく扱えるので手の大きさでギターを諦めた女性の方が始めることもよくあります。(ギターも手が小さくても出来るので本当はそれほど関係はないのですが・・・・

ウクレレの祖先が(諸説ありますが・・・)ブラギーニャというポルトガルの楽器を原住民が改良したものという話は前回しましたが19世紀ごろハワイではサトウキビを使った製糖業が有名で、人手不足から外国から移民を募集していたそうです。

そのためポルトガルから400名ほどの移民がハワイに来たそうです。なおポルトガルの移民が到着した8月23日をハワイでは「ウクレレ記念日」にしているそうです。

ウクレレがハワイで流行った理由としてはその携帯性にあると言えます。19世紀のハワイはもともとのハワイの歌や踊りが西洋から来た文化に飲み込まれ形をかえている最中、キリスト教の影響で当然ピアノやオルガンの伴奏が主になっていました。

しかもハワイという海に囲まれた状況から察するに西洋音楽の教育もそれほどされたとも思えず、ピアノやオルガンもごく一部の人しかできなかったと思われます。

ピアノやオルガンは当然ですが外には持ち出せません。そのため携帯性の優れているウクレレのニーズが高まったのだと思われます。確かにあんまりハワイで家の中で音楽を楽しむってイメージはなく、屋外でみんなで楽しむというイメージの方が強いです。

ウクレレの語源はウク(蚤)、とレレ(飛び跳ねる)が合わさったものです。なぜそのように呼ばれるようになったのかは諸説ありますが、たしかに蚤が飛び跳ねている様子を思い浮かべるとなるほどという感じですね。

ハワイの音楽が日本に来たのは昭和のはじめごろ、ホノルル生まれの日系2世のバッキー白片が来日し、日本の女性と結婚、帰化しハワイアンの普及をはじめました。戦時中は敵性語になり、敵国の音楽ということで肩身の狭い思いをしたようですが、戦後は石原裕次郎など様々な著名なミュージシャンに曲を提供ていました。

1910年ごろに日本で最初のハワイアンブームが来ています。ウクレレもこの時も活躍したようですが本格的に有名になったのはその50年後、戦後ハワイアンブームが再度やってきます。戦後3年ほどたった1948年、「憧れのハワイ航路」という映画が発表され、1950年に上映されます。実はそのころはハワイに憧れてたというよりも世界情勢的にハワイが一番選択しやすかったからと言えます。中国は内戦中でしたし、朝鮮半島も領土問題、グアムやサイパンなどは米軍基地の建設で結局ハワイが一番行きやすかったみたいです。

1960年代にはハーブオオタが米軍兵士として米軍基地に赴任した際にウクレレソロの演奏会が行われたり、加山雄三や牧伸二などがウクレレなどを映画やステージで取り入れたことでウクレレの知名度は飛躍的に向上し、日本でも知らない人はいないと言っていいほどの楽器になりました。

ここ最近はウクレレソロが脚光を浴びるようになって生徒さんも弾き語りが一段落すると、ウクレレソロを弾くようになります。ウクレレソロの曲集も最近は充実していて、2人で弾く曲集やジブリの曲集、映画音楽などさまざまな曲がウクレレで弾けるようになっています。是非これをみてウクレレに興味を持たれた方、比較的手に入れやすい楽器です。

一番スタンダードなフェイマスというメーカーのウクレレでも1万円台ですし、安いのですと5千円前後で手に入ります。日本の個人制作家が作ったウクレレもギターは30万円くらい出さないと買えませんが、ウクレレは4万円前後で作っている方もいるそうです。一度楽器屋に行った際には見てみると良いと思います。

ハワイの音楽

ハワイアン・ミュージック

ここ1~2年ウクレレの生徒さんが急に増えてきました。

10年ほど前にもハワイアンブームがあってその時は「亜麻色の髪の乙女」の曲が流行るなど理由がはっきりしていたのですがここ1~2年のウクレレブームは理由はわかりません。

確かに数年前からハワイアン系のパンケーキ屋が出来たり、去年はディズニー映画で「モアナと伝説の海」というハワイをテーマにした映画が公開されたりしましたのでハワイアンが脚光を浴びていたとは言えると思いますが、ウクレレの生徒さんが増えだしたのは映画公開前ですし、ウクレレの生徒さんにウクレレを習おうと思ったきっかけを聞いても特にそれらしい答えはもらえませんでいた。

個人的には若干景気が良くなってきたので何か習ってみようという生徒さんが増えたのではないかと思ってます。

ハワイアンときくとまず思い浮かぶのはフラ(フラダンス)ではないでしょうか。また、ウクレレやスチールギター、スラックギターも有名です。

日本もそうですが、ハワイの音楽も19世紀の前と後では随分様相がかわります。

日本の場合は文明開化、富国強兵が西洋の文化を取り込む役割を果たし、その結果それまで合った文化が廃れかわりに西洋の文化がもてはやされるようになります。西洋音楽がそれまでの日本古来からの音楽に取って代わったのもその頃ですが、ハワイの場合も時を同じくして島の外から他の国の文化が持ち込まれました。

大抵の場合、文化の流入の最初の段階で入ってくるものは宗教です。ハワイにもキリスト教(プロテスタント)が入ってきて先住ハワイ民族(ポリネシア人)の生活を一変させます。

もともとポリネシア人は東南アジアから徐々に南下して紀元前1000年あたりにポリネシア域内に定住するようになり、緩やかな進歩を遂げてきた人たちだったのですがやはり日本と同じく西洋の文化は魅力的に感じたのかもしれません。

それまで歌と踊りで儀式をおこなってきたのですが、それに寄って旧来のフラは消滅し代わりに現在みなさんが知っている新しいフラ(モダン・フラ)に形をかえることになったようです。

そのころメキシコからギターが持ち込まれ、それがスティール・ギターやスラックキー・ギターになりました。またウクレレはポルトガルから持ち込まれたブラギーニャという楽器を原住民が改良を加えた結果生まれました。ちなみにこのポルトガルの楽器「ブラギーニャ」はブラジルでカバキーニョという楽器としてボサノバやサンバなどで聴くことが出来ます。

こちらがブラギーニャ。よく似てますね。

スティール・ギターはギターを膝の上に指板が上を向くように持ち、スライドバーという金属や陶器、プラスチックで作られたバーで弦を押さえて弾くと本来ギターはフレットがあり音階が決まっているのだが、このスライドバーで弾くことで無段階で音の高さを変化させること出来、本来とは違うサウンドを出すことが出来ます。初期が空き瓶の口の部分を切り落として作っていたのでボルトネックとも呼ばれます(現在でもよく見ます)。

スラックギターはギターの弦をオープンチューニングにして、サムピックという親指に指輪のように取り付けるタイプのピックを使用して演奏する形式の総称なようです。最初は現地の人がギターを自己流で見よう見まねではじめたことにより生み出されたようですが現在は市民権を得ています。

もともとギターは教本も何もないところから始めるのはかなり困難です。オープンチューニングとは何も押さえない状態で弦を弾いても何らかのコードが奏でられるように調整したチューニング法です。確かにそのほうが比較的演奏が容易になるので誰かが発見して他の人に伝わっていったのだと考えられます。

ハワイは国土も小さく、人口もそれほど多くありませんが島の外から来た文化を本当に上手く消化しているなぁと関心しますね。

ウクレレは本体の値段もお手頃ですし、弾き語りなども比較的容易にできるのでおすすめです。最近は5000円前後のものでも随分チューニングがしっかりしてきたのでランチを数回節約すれば買えるくらいの金額でそれなりに使用に耐えうるウクレレが手に入ります。

次回はこのウクレレについて書いていきたいと思います。

カバーのすゝめ①

カバー曲

先日生徒さんが秦基博の「RAIN」という曲を練習していると言う話を聞いて曲を聞いてみました。とてもいい曲だったので誰が作ってるんだろう?と思ったら大江千里なんですね・・・

大江千里といえばもう20年ほど前に活躍してた超ポップなアーティストで、その後ジャズを勉強しにアメリカへ言ったような話は耳にしてましたが正直あまり好きなアーティストではありませんでした。今考えると曲ではなく歌い方が好みと合わなかったのでしょう。

調べてみると1998年の楽曲とのこと、逆にこれだけの年月たっても色あせない曲を書いていたという事実に驚きました。

ここ十年ほどでカバーをするアーティストが良く見受けられるようになっています。この「RAIN」も「言の葉の庭」というアニメのエンディングで使用されています。

今回はカバーに関して書いていきます。できれば誰でも挑戦できるので是非カバーをしてもらえたらと思います。
特に人前で披露するときには良いカバーができると喜んでもらえるかと思います。

カバーをする時に一番気をつけるのは「コピーにならない」ことです。

例えばカラオケで歌うのはカバーというには少し無理があります。
仮に安室奈美恵や宇多田ヒカルがカラオケで他の人の曲を歌ってもカバーとは言えません。

モノマネはもちろんコピーですが、歌だけ差し替えてもオリジナリティがあるとはいえません。

では伴奏を差し替えれば全部カバーと言えるかというとそういうわけでもないんです。

まずはカバーの定義ということを考えてみましょう。

Wikipediaによると
「ポピュラー音楽の分野で、他人が発表した曲を演奏・歌唱して発表すること」

と書かれています。

こう書くと
「A」というアーティストの曲を別の人が歌えば全部「カバー」だということになります。確かに広義としてはそれでも良いのかもしれません。ただ一般論として定義づけるならば
「ポピュラー音楽の分野で、他人が発表した曲を”自分らしく”演奏・歌唱して発表すること」
だと言えるでしょう。

要はモノマネではないということです。
例えば安室奈美恵が好きなアーティストが安室奈美恵になりきって演奏・歌唱しているのであればそれはカバーではなくコピーとなります。例えば弾き語りでミスチルの曲を路上で弾いている人がいるとします。

その人が自分のアレンジとして表現できているのであればカバーと言えると思いますが、目の前の譜面台にミスチルの譜面を置いてコードを見ながら歌っているのであればそれはコピーの色合いが果てしなく濃くなると言えるでしょう。

個人的な意見としてはカバーをするからには本人とは別の角度からの表現を期待してしまいます。
「本人の歌は好きじゃないけど別の人がカバーしたバージョンは好きだ」
というケースは大成功なケースです。

今回の秦基博の「RAIN」なんかは特にそうで、僕が身をもって体感しています。
どうしても料理と同じく、歌の好みは歌手で決まる部分もあります。
せっかく曲が良いのにその曲の良さがある一定の層に上手く伝わっておらず、別の歌手が歌うことでその部分を「カバー」できるのでれば作曲者としても喜ぶべきだとも思います。
※個人的には「曲はいいけど歌がなぁ・・」と言われている側面もあるのであまり喜べませんが・・・・

では次にカバーをするときにはどういう手法でカバーを進めていけばいいでしょうか?

続きは次回「カバーのすゝめ②」で書いていきたいと思います。

1万時間の法則

練習時間

今回は「1万時間の法則

よく聞かれる「1万時間の法則」って知っていますか?

マルコム・グラッドウェル氏が提唱した「あるスキルに熟達するには1万時間の練習が必要である」という言葉。

例えば毎日3時間練習したとすると、プロレベルになるのにかかるのは約10年ってところです。

賛否両論ありますが、今回はこれを賛美するわけでも否定するわけでもなく、「練習量」と「技術」という点で捉えてみたいと思います。


当たり前ですがなににおいてもプロのレベルになるのはそれ相当の練習量がいるのは当然です。

自分は何時間か考えてみましたが、2~3万時間は確実に弾いてると思います。

ただ正直、きっちり計ってないので良くわからない感覚はあります。

しかし、1万時間を越えただろう時期を考えるとその法則は当てはまっているような気もします。

ただある機関の研究によればチェスのグランドマスターの練習時間の平均は平均は約1万530時間とおおよそ法則どおりだったが、その内容は832時間から2万4284時間まで幅があったそうです。

音楽家は1万~3万時間とこれも差が大きいです。


まぁ当たり前ですが練習量だけではなく、効率の良い練習や集中している練習の方が何倍も効果的ですので人によって差が出てくるのだと思います。

では人はそれなりのスキルを習得するために1日何時間練習をすればいいのでしょうか?

正直これに関しては僕にも答えはわかりません。プロ志向の人なら大体3時間は弾くとは思いますが。。。。

ただこれだけはいえます。

・練習の意味を体で理解している人はそれなりのスキルをもてる。

ということです。

逆を言えば

・練習の意味を理解していない人の練習は練習の意味を理解している人の練習とくらべて数倍もの効率的な違いが出るとも言えます。

自分がしている練習が将来どこの部分でどんなスキルを持つことにどうやって結びつくのかを考えるということです。

これは意外にみなさんできていません。でもスキルが高い人はみなさんできています。

高いスキルを持っている人と話していて感じるのは感覚が違うということ。またスキルを持っている人が言う言葉はしばしばスキルを持っていない人を驚かせます。

ギターでも「指版が光って見えるギターとか言いますね。

まぁ弾くべき場所が明確に感覚でわかっているものの例えなんですけどね。。。ピカピカとは光りません 笑。

他にもありますよ。

「はじめて聴く曲の続きがある程度具体性を持って予見できる」

「街中で曲を聴くとコードのアレンジが何パターンもその曲の上にかぶさって聞こえる」

とか。

志が高い人は常に音楽の言葉ばかり考えているので発想の次元も違うというわけです。

まぁ本当に弾ける人は何時間弾かなきゃとかって考えません。好きこそものの上手なれ、放って置いても1万時間にはなります。それが結論ですかねぇ・・