戦争と音楽

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今回は「戦争と音楽」という重いテーマ。

戦争にちなんだ音楽はたくさんありますが、そういう話ではなく戦争によって禁止されたり利用されたりした音楽の話をしていきます。

誰もが平和な世界は願っているとは思いますが現実の世界では資源の取り合いや宗教的な土地の奪い合いなど様々な理由で戦争が絶えません。

日本でも戦時中は欧米の音楽は敵性音楽として厳しく取締を受けました。
これは日本に限ったことではなく他の国でも同様の施策をとっていたようです。
アメリカは日本と開戦した後に日本・ドイツ・イタリアという日独伊三国同盟の加盟国の言葉を禁止しています。

戦時中は外国の音楽がすべて禁止されていたように思われますが同盟国のドイツの音楽は大丈夫だったそうです。
なのでクラシックもチャイコフスキーやベートーヴェンなどは演奏できたようです。ただ終戦に近づくと贅沢自体が敵という考え方になってきたので演奏会なども段々なくなっていったそうです。

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あまり知られていない話として戦時中の絶対音感の訓練があります。

戦争と絶対音感はちょっと考えたくらいでは結びつきません。クイズにしても知らない人は当てられないでしょう。

日本で絶対音感教育は1930年代からはじまります。

最初はヨーロッパに留学したピアニスト園田清秀が早期の音感教育の必要性を感じ始めたのがきっかけです。そのころ日本人には絶対音がないと考えられてました。そこで自身のピアノ教室ではじめ、1937年には「絶対音感及和音感教育法」という教科書的な本が出版されました。

1941年に日本は太平洋戦争に突入します。その際にこの絶対音感:音感教育を軍事利用できないかを検討され始めます。
1943年ごろから来襲機の種類を爆音で判別する訓練が開始されます。どのように訓練をしていたかというと「爆音集」という敵機の爆音だけをあつめたレコードをかけ、「ボーイングB17D重爆機」「カーチスP40戦機」など様々な飛行機を高度別で1千メートル、三千メートル、五千メートルなど分けて判別できるかを訓練していたようです。

また飛行機だけでなく、潜水艦の内部で聞こえる音が魚雷の音か敵船の音かを判断し、しかもその距離と方向を判別することもしたそうです。ただどちらも特に戦果を上げることなく終戦を迎えたそうです。実戦で使おうとしても状況によって判断が難しくなり、担当していた講師たちもだんだんと実戦に使えうるものではないと考えていたようです。あの時代ですから使えないとわかっても言い出せなかったのかもしれませんね。

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戦時中は楽器の呼び名も変わります。楽器は大抵日本語ではありませんからね。
「サックス」=「金属性先曲がり音響出し機」
「トロンボーン」=「抜き差し曲がり金真鍮喇叭」
「ヴァイオリン」=「提琴」
「コントラバス」=「妖怪的四弦」
「ピアノ」=「洋琴」
「ホルン」=「角笛」
「ティンパニ」=「半円鍋型ぎゅう縛り高低自在太鼓」
「トライアングル」=「三角鉄」
「タンバリン」=「鈴鼓」
「シロフォン」=「木琴」
「グロッケン」=「鉄琴」
「ハープ」=「竪琴」
「ハーモニカ」=「口風琴」
「オルゴール」=「自鳴琴」
「チャイム」=「鐘琴」
「オカリナ」=「鳩琴」
「エレクトーン」=「電子琴」
「ギター」=「六絃琴」

どうですか?

かなり強引というか、もう呼ぶつもりないでしょ?といった呼び方まで並びます。

ただこれらは本当に使われていたかは不明だそうです。

なにわともあれ今の時代は好きに音楽が聴けます。幸せなことですね。

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