カバーのすゝめ①

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カバー曲

先日生徒さんが秦基博の「RAIN」という曲を練習していると言う話を聞いて曲を聞いてみました。とてもいい曲だったので誰が作ってるんだろう?と思ったら大江千里なんですね・・・

大江千里といえばもう20年ほど前に活躍してた超ポップなアーティストで、その後ジャズを勉強しにアメリカへ言ったような話は耳にしてましたが正直あまり好きなアーティストではありませんでした。今考えると曲ではなく歌い方が好みと合わなかったのでしょう。

調べてみると1998年の楽曲とのこと、逆にこれだけの年月たっても色あせない曲を書いていたという事実に驚きました。

ここ十年ほどでカバーをするアーティストが良く見受けられるようになっています。この「RAIN」も「言の葉の庭」というアニメのエンディングで使用されています。

今回はカバーに関して書いていきます。できれば誰でも挑戦できるので是非カバーをしてもらえたらと思います。
特に人前で披露するときには良いカバーができると喜んでもらえるかと思います。

カバーをする時に一番気をつけるのは「コピーにならない」ことです。

例えばカラオケで歌うのはカバーというには少し無理があります。
仮に安室奈美恵や宇多田ヒカルがカラオケで他の人の曲を歌ってもカバーとは言えません。

モノマネはもちろんコピーですが、歌だけ差し替えてもオリジナリティがあるとはいえません。

では伴奏を差し替えれば全部カバーと言えるかというとそういうわけでもないんです。

まずはカバーの定義ということを考えてみましょう。

Wikipediaによると
「ポピュラー音楽の分野で、他人が発表した曲を演奏・歌唱して発表すること」

と書かれています。

こう書くと
「A」というアーティストの曲を別の人が歌えば全部「カバー」だということになります。確かに広義としてはそれでも良いのかもしれません。ただ一般論として定義づけるならば
「ポピュラー音楽の分野で、他人が発表した曲を”自分らしく”演奏・歌唱して発表すること」
だと言えるでしょう。

要はモノマネではないということです。
例えば安室奈美恵が好きなアーティストが安室奈美恵になりきって演奏・歌唱しているのであればそれはカバーではなくコピーとなります。例えば弾き語りでミスチルの曲を路上で弾いている人がいるとします。

その人が自分のアレンジとして表現できているのであればカバーと言えると思いますが、目の前の譜面台にミスチルの譜面を置いてコードを見ながら歌っているのであればそれはコピーの色合いが果てしなく濃くなると言えるでしょう。

個人的な意見としてはカバーをするからには本人とは別の角度からの表現を期待してしまいます。
「本人の歌は好きじゃないけど別の人がカバーしたバージョンは好きだ」
というケースは大成功なケースです。

今回の秦基博の「RAIN」なんかは特にそうで、僕が身をもって体感しています。
どうしても料理と同じく、歌の好みは歌手で決まる部分もあります。
せっかく曲が良いのにその曲の良さがある一定の層に上手く伝わっておらず、別の歌手が歌うことでその部分を「カバー」できるのでれば作曲者としても喜ぶべきだとも思います。
※個人的には「曲はいいけど歌がなぁ・・」と言われている側面もあるのであまり喜べませんが・・・・

では次にカバーをするときにはどういう手法でカバーを進めていけばいいでしょうか?

続きは次回「カバーのすゝめ②」で書いていきたいと思います。

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