ブルースロック

アメリカの白人と黒人の伝統音楽を巧みに昇華させて生まれた60年代後半のアメリカにブルースロックは、根本的には黒人音楽ではなく、白人音楽が黒人音楽を取りれたものだった。

それは次第にコーラスやアコースティックギターのコードワークなどの形でハーモニーを積極的に取り入れて次第に分厚いサウンドになっていき、70年代ウェストコートのより、カントリーやフォーク色の強いサウンドもその延長にあると考えることができるのではないか。
その一方でシンプルなサウンドやルーズなビートというなんで黒人音楽の伝統を重視して余分な音を削って独特のサウンドに発展させた人々もいた。
それはスライドギターを使ったりしてブルース色を強く見せるようなものではなく、シングルのと中心にしたギターワークで、コードワークも省略コード中心のシンプルなギターサウンドを中心とする方向に発展していった。

そのかわりギターの音色はギブソン系のハムバッカーサウンドにディストーションも強くかけた、かなりハードなもので、ドラムも胴の深いやや重い音でシンプルなサウンドが薄っぺらなりすぎないようにするのと同時に、現代的な印象与えるものになってきている。アメリカ流ブルースロックの発展系のひとつと見ることもできるだろう。

ニューウェイブ

かのニュー・ウェイヴも今ではひたすら懐古的であるよう、70年代のロックの一大潮流であったプログレッシブ・ロックに関しても、進歩的でもなんでもない古くさいスタイルにしがみついた音楽だという批判はよく耳にする。

そのプログレと称される音楽特徴とは何かを考えるとなかなかこれが簡単ではない。クラシックやジャズ民族音楽など幅広いジャンルのイディオムを積極的に取り入れたクロスオーバー性や、イメージや物語を表現した壮大なコンセプト主義や、拍子や店長などを複雑な楽曲を可能にした優れた演奏技術また電子楽器やインプロビゼーションなど実験的な手法の採用等々かなり広範な音楽を総称するものとしてこの後は使われてきた。

70年代前後残ったシーンにおいて、これらのスタイルが文字通り進歩的だった。もともと60年代アメリカに端を発した体験ビックムーヴメントが海を渡ってイギリスやヨーロッパに波及し、既存のロックを解体再構築していた結果、かつてない観念的かつ表現主義的なロックが誕生したわけだが、これらの方法論の大半は70年代中盤にはほぼ出揃ってしまい、大物グループの作品にも斬新さが失われちまったとっても手伝ってブームベントと言うには以後鎮静化に向かう。

独自の様式美や叙情性で日本をはじめ世界中にマニアックなファンを未だ要している奇特なジャンルである。

ユーロロック

ロックに関してはアメリカやイギリスを先進国とする図式が未だ健在だがこうした英語圏のロックを消化吸収し独自のサウンド再構築する試みが、70年代のヨーロッパ全土でなされた。

このようなユーロロックも世代交代に成功せず、この処理と見なされがちだが、近年再評価の進む万六のように新たな文脈で聞かれるべき作品もまだある。ただし一口にユーロロックといっても千差万別で、シンフォニックタイプやジャズロックタイプ、アバンギャルドタイプなどが各国認められる。また国民性を微妙に反映した側面もあって、例えば言葉1つとってもフランス語やイタリア語で訴えられた録画歌い上げられた録画ともすればシャンソンやカンツォーネに聞こえないことも稀ではない。

ジャーマンメタル

世界に進出したドイツのロックと言えばスコーピオンズやクラフトはっから煮なは源やハロウィンなどがポピュラーだがかたや、20年も前に黒人音楽よりも現代音楽を背景に据えたこの敗戦国に、アメリカ発のサイケデリック運動が流入した結果、この地で数多くの実験的なロックが生成と文化を繰り返したことはあまり知られていない。

80年代にはパンクやニューウェーブに影響を及ぼしたとして、90年代に入ってもなおハウスやその派生たいとしてのトランス、アンビエントなどの源流として、ジャーマンロックはしばしばシーンに復活する。
極めてその広いこれらの運動要約するものも乱暴な話だが、便宜上簡単に分離するならば、ニュー・ウェイヴの先進的なカン、電車音楽の地平を切り開いたタンジェリンドリーム、アンビエントに向かわせたクラスタノイ、テクノポップのシドクラフトワーク、全米のサイケデリックが飛び火した音楽共同体アシュラテンプルやアモン・デュールなど他にもポポルヴー、グルグル、ファウストなどユニークなロックがこの時代のドイツには振り返っていた。冷戦終結を挟んで停滞の続く昨今の慢心からは考えられない一種の奇跡ともいえるムーブメントが近年ようやくその全貌をあらわしつつある。

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