雑誌

60年代後半から70年代前半にかけて、アメリカではローリングストーンがサブカルチャーとしてのロックの言葉の側から支持して、チャートやグラビアやゴシップが中心の雑誌とは異なるロック雑誌文化というものを作った。そして80年代以降、インディペンデントな音楽シーンがクローズアップされるとともに、ロック雑誌も再びインディペンデントな姿勢から刊行され始めた。特に90年代に入ってからは、その種類も増えてちょっとしたムーブメントとなっている。オルタナティヴ・ロックを中心にラップやテクノも取り込み、斬新なピックアップをするオプションハードコアからメロディックコアまでパンクこだわり続けるマキシムロックンロール、シュトックハウゼンからローファイまで実験的な精神にあふれた音楽を広く紹介するワイヤー、ルイジアナ、ノイズやノンジャンル音楽を徹底してフォローするND、判読不能なまでの過激なタイポグラフィーとレイアウトが話題のレイガン、ラップを中心に思想や言葉をフォローするソース、X世代の価値観を表明するだと、そしてロック雑誌ではないが、質の高い音楽ライターを揃えて未だ確かな選択眼を知らないビレッジボイスやフェイスなど枚挙に暇がいとまがない。日本でも音楽を中心としたインディペンデント雑誌が急増している。

アメリカンバンドスタンド

アメリカンバンドスタンドはとりわけ50年代後半から60年代前半にかけてロックンロールミュージックの普及に貢献しているが、同時にそのポップ化を促した点でも大きな役割を果たした。このテレビ番組は、MCを務めているディッククラークと同義と化してもいる。1929年にニューヨーク州マウントバーノンで生まれたディックが、フィラデルフィアにあるWFILTVのローカル音楽番組としてバンドスタンドを開始したのは1952年。58年8月5日よりABCネットワークよりアメリカンバンドスタンドと改変し全国放送となる。フォーマットはスタジオへ地元ハイスクールの若者たちはですね、最新レコードヒットにあわせて、これまた最新流行のダンスを躍らせるパターンするで終始する。時折ゲストシンガーのリップシンク演奏を聞かせるが、ポイントはロックンロールのファッション感覚を提供し、この音楽の共同幻想の全米ティーンエイジャーと共有するところにあった。1963年8月までを毎日放送されていたが、その後週一回となり80年代までこのフォーマットで放送された。温厚な万年青年をイメージそのままにディックは一貫してソフィースティケートされたロックレコードばかりを紹介し続けて今日にいたっている。

レディースティディーゴー

イギリスでは50年代からボーイミーツガールやグァムといったロックンロール番組の伝統があった。レディースティディーゴーはこれらのプログラムと同様ロックプロデューサー、ジャックグットの手掛けたオーボーイをモデルにしている。すなわちスタジオーに素人の観客を集め、最新ヒットメーカーの演奏にあわせてダンス踊らせるフォーマットを踏襲していた。いわばディッククラークのアメリカンバンドスタンドにおけるゲストコーナー拡大版である。ディックの番組と異なるのは、1965年からそれまでのリップシンク演奏ではなく、ライブ演奏をきかせるようになったこと。また映像編集が実験的で当時としては斬新なカメラワークを駆使していたことにある。MCとしてはビートブームの世代のアイドルとなったキャシーワクワゴンが有名。アメリカンアーティストも数多く出演し、後期にはクリスフォローとオースティンリビングがシャウト合戦を展開するといった豪華な演出もしばしば見られた。ITVの政策で、1963年8月9日から1966年12月23日まで放送された同番組はかつてこのプログラムにも出演したことがあるデイヴクラークの手で1,980年代にビデオ化され世界中のロックマニアから歓迎された。

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