トータルアルバム

かつてのポピュラー音楽の大半は1曲あたり3分前後という時間枠の中で表現が完結していた。それはシングル盤のカッティング状の制約やラジオでのエアチェックなど様々なセールス上でのファイルの結果でもある。ところがLPレコードが流通媒体の主流になってきた60年代中盤以降、45分から60分ぐらいのとがワンタイム2タイトルに盛り込むという条件を利用して独立した曲の寄せ集めではなく、1つの物語的な重なりを連想させるアルバムが出演する。
トータルアルバムの起源としてはビートルズの「サージェントペッパー」やザ・フーの「トミー」などが考えられるがうちのプログレッシブ・ロックの代表グループPink Floydなどの「狂気」イエスの「海洋地形学の物語」、ジェネシスの「幻惑のブロードウェイ」等がこうした傾向の作品を作って立て続けに発表したことで定着する。さらにフロイドの場合、作品のトータル性はサウンドや歌詞にとどまらず、ジャケットライフワークやライブステージ、グループ自身がパーソナリティーまで及んでいた。このように一時は映画を極めたトータルアルバムも、プログレというスタイル自体の衰退とともに減少していく。80年代以降音楽メディアがビニール盤からCDへ移行したことも手伝って、アルバム単位のトータル性の表現もまた、次の段階に移行していくこととなる。

ジャケット買い

「ジャケット買い」という言葉があるほど、レコードもCDも、もはや音だけでは成立していない。音とビジュアルのトータルなパッケージングを手に入れたいからこそ買うのだ。album cover Artは独自のジャンルを形成している。その昔、ジャケットにはただタイトルの文字が入ってるだけだった。つぎにミュージシャンのにっこり写真だの中身と関係ない風景やビジョン写真だのが入るようになった。ジャケットデザインが表現としてのアイデンティティを確立するのは50年代のジャズレーベルあたりからだと思う。

ロックのジャケットもはじめはノー天気だった。それはそれでかっこいいのだが、どっか内証的な方向に進み、ミュージシャンが表現のトータリティーを考えるようになるのにすえ、ジャケットのビジュアルは音に対する映像の役割を果たすようになる。音楽の内容を直接説明してなくてもむしろごとのビジュアルのコラボレーション的相乗効果を狙うようになったのだ。70年代のトータルコンセプトアルバム全盛の頃は特に強力でLPの見開きジャケット当たり前、開けてびっくり凝りまくったものが競うように登場した。レコードの高級品だったその頃、輸入盤のシュリンクをドキドキしながら爪で割裂き、中に封じ込められた異国の空気を吸ったりしたものだ。

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