カルトアーティスト

カルトアーティスとはなんだろう、単に狂気を孕んだ特異な表現をすれば、そう呼ばれるわけではない。カルトアーティストとはロックミュージックが本来抱え込んでいる負のエネルギーと、その歴史上初めて真っ向から向かい合ってしまった人のことである。しかも全く突然の事故のように、無防備に。

ロックミュージックにおいてカルトアーティストクローズアップされてくるのはサイケデリックムーブメントが盛り上がりを見せた1966年から1967年ごろからだ。それはビートルズが一切のライブ演奏停止してスタジオはスタジオワークの迷路にハマり始め、それに呼応するように数多のロックバンドが、単純3分のラブソングから抽象的な歌詞と複雑な曲行動と不可思議なサウンドエフェクトを追求しだした時期である。
ここではそのカルトの定義をのもとにアーティストを具体的あげてみよう。ローリングストーンズのブライアン・ジョーンズが極度の麻薬中毒から突如グループをクビとなり謎の死を遂げた後、奇妙なソロアルバムがリリースされた「ジョジョルカ」と題されたアルバムには、彼が魅了され自身で現地録音したモロッコ音楽が全編に渡り入っていた。このロックでもなんでもないロックのアルバムは未だに世界中で廃盤状態にあり幾度と無くコピー版が出回っている。
スキャンダラスな市場に、この作品によってブライアン・ジョーンズはまさにカルト的存在となった。テキサス州オースティンではロッキーエリクソンによって結成されたサーティースフロアエレベーターズは、グレイトフルデッドなど西海岸のバンドよりも前にサイケデリックの名称を使い、acidと宇宙原理に導かれた独自のサウンド創り上げた。69年にロッキーエリクソンが精神異常と診断され病院送りとなり、バンドの活動は停止するが、彼らの活動に真のサイケデリックミュージックを乱すアーティストは多く、REMやZZトップやプライマルスクリームなどが参加したトリビュートアルバム作られている。フランクザッパのハイスクール時代の同級生であり、バンド中でもまでもあったキャプテン、ビーフハートがそのザッパのプロデュースのもとに69年に発表したアルバム「トラウト マスク レプリカ」は、ロックミュージックが隠し持つ粗暴さと偶然性を最大限に現してみせた。その頃ストリングスを導入したり、フリー・ジャズやミュージックコンクレートの手法を使ったものがアート・ロックなど掲揚されていたが、ビーフハートはイメージに終わらない具体的な作業としてあと実践した。ジャズにおけるサンダー、文学におけるウィリアムバローズのように、彼の音楽はのちの世代に様々な可能性を提示した。ビーフハートは現在一切の音楽活動から離れ画家として生きている。

このほかにもPink Floydのオリジナルメンバーであり2枚のソロアルバムを残して向こう側の世界へ行ってしまったシド・バレット、シャロンテート殺しで有名なチャールズ・マンソンに曲を提供していたビーチボーイズのブライアンウィルソン、息子がデビューを飾り話題を呼んだ転生のシンガー、ティムバックリー等々、時代はカルトなにふさわしい才能あるアーティスト次々と排出していたが、彼らはハードロックが主流となる時代の流れの中で徹底して無視された。そんな彼らを正当に評価したのはのちにパンクや実験のミュージシャンたちであった。

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