Pink Floyd

多くの長寿バンド同様Pink Floydもまた、本来のグループのあり方から遠いところまで来てしまった存在といえる。「対」も大ヒット、ワールドツアーも即日完売する現在のフロイドに、かつてのシドバレット在籍時のサイケデリックフォーク感覚やギルモア加入以降のAcid Blues的な雰囲気など望むべくもない。

73年発表の怪物作「狂気」が長い間アメリカのチャートで顔出すなど、フロイドは世界で最も成功したプログレッシブロックバンドだが、コンセプトメーカーであるロジャーウォーターズを描いた現代のバンドに期待されているのは、各メンバーの魅力や新しいサウンドではなく、長期から「ザ・ウォール」に至る大々的なトータルコンセプトを具現化した大仕掛けなステージングなのであり、アルバムはそのサウンドトラック的な扱いなのかもしれない。彼らのライブはもはやロックショウというよりむしろ、オペラやサーカスに近い見世物でありスペクタクルの域にあり、自らを恐竜バンドと称するよう、その肥大化したスタイルはもはや進化することもなく巨大なスケール感において唯一無にであり続けている。日本ではさほどでもないが、ロジャーのソロも同様の成功収めている以上、全盛期のラインナップはおそらく二度と揃わないであろうというのがすごく残念である。

キングクリムゾン

イギリスでビートルズのアビーロードをチャートから蹴落としたデビュー作「クリムゾンキングの宮殿」こそブレックでいくらほかのメンバーの才能に多くを負っていたとは言え、幾多のメンバーチェンジを繰り返しながらも独特なサウンドにこだわり続けてきたキングクリムゾンの歴史とは、ひとえにロバートフリップの理想追求の軌跡であった。

度々活動休止を宣言しながらも、新たなメンバーでクリムゾンブランドは蘇生されたが、一般に後期クリムゾンと言われるジョンウェットンやビルブラックフォードを加えたラインナップが有名で、この時期のライブは伝説とまで言われている。ところがエイドリアンブリューワをボーカルに据えた新生クリムゾンはポリリズムやミニマル音楽を強調した80年代的なアプローチを展開したものの、旧来の抒情性や神秘性が希薄だったせいか、総じて評判は芳しくなかった。採算の休止期間を挟み、デビットシルビアンやアレックスパターソンとの共作終えて90余年ギタースティックドラムを2名ずつ擁した布陣でクリムゾンは復活した。このかつてない強力なアンサンブルを展開する最新型のクリムゾンの方法論がハウスやテクノ全盛期の現在もなお進化の問われるところである。

マークボラン

グラムロックのポップヒーロー、これがマークボランでありティーレックスのパブリックイメージである。70年代早々に、化粧し、金銀赤のド派手な衣装を装った時代の寵児は、ゲットイットオンやテレグラムサムやメタルグリューなど全英ナンバーワンヒットを立て続けに放ち、ティーンエイジャーのアイドルに祭り上げられた。

しかしどうやらそれはマークボランの魅力、実力の1側面に過ぎなかったようだ。マークボランは70年代半ばパンク・ロックかやニュー・ウェイヴの連中に再評価を受けたし、その後も繰り返し再認識されている。それはボランのキャッチーなポップスターとしての面ではなく、もっと彼自身の存在のコアであったカルトヒーロー、神秘主義的アーティストの部分である。

晩年のアルバム「銀河系よりの使者」や「地下世界のダンディー」を今繰り返し聞いていると、ボランが死なずにニューウェーブ全盛期の時代を迎えていたならば、どんな作品を満たしたことだろうと楽しい空想に入り込める。発達したシンセサイザーやエフェクターをこの荒野アナログ時代の電気の魔法使いは、どんなおもちゃにしただろうか。マークボランのしわ深い神秘思想表すものではないが、イマジネイティヴな言葉の使用で秀でた歳を感じる。そして何よりもマークボランの体と同調してきたが、他にはない魅力だ。

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